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束縛スル里

「怪奇!空を飛ぶパンツ!脱衣所に秘められた罠!」後編





「怪奇!空を飛ぶパンツ!脱衣所に秘められた罠!」後編






「満月さん……?」

 黒幕のようにして現れた満月さんに僕らが気を取られていると、FMSくんのパンツはその満月さん達の間を抜けるようにして向こうに去ってしまった。

「あっ……」

 FMSくんが立ち上がって追いかけようとするのを、満月さんは手でたしなめるしぐさをした。

「あれを捕まえるのは至難の業です。まずはわたくしの話を聞いて頂けますか? 皆様、広間の方へ」

 僕らは言いたいこともそれぞれにあったが、それを飲み込んでしぶしぶ満月さんの誘導に従い広間へ集まった。 


 一番先に広間に入った僕はいつも通り胡坐をかこうとして体を止めた。ノーパン状態+この浴衣で胡坐をかいてしまったら肌蹴て中身が見えてしまう!
 隣に座ろうとしたFMSくんもそれに気付いたのか、ぎこちなく正座した。他の人達も正座になる。ううっ……早く服を取り返したい。


「皆様がご覧になった現象の原因は……、ズバリ、この屋敷にとり憑いた地縛霊です」


 満月さんがとんでもないことを言い出した。ホラーと銘打っているこのシリーズだが、これまでに黒幕や敵対した勢力は、宇宙人だったりゾンビだったり人間だったり僕自身だったりして、幽霊が犯人という話は初めてかもしれない。
 これが男性陣の服が全部無くなっただけではとても信じられない話だったが、僕らは先ほどパンツが空を飛ぶという超常現象を目にしている。満月さんの言葉にも真実味があった。

「その……、地縛霊というのは、男性の霊ですか? それとも、女性の霊ですか?
 なんというか……、こんな悪戯のようなことをする霊がどういう方なのか知りたいんです。
 正直なところ、そういった類のものを信じているわけではないのですが……」

 姿勢良く正座しているペケ蔵さんがおずおずと満月さんに尋ねた。満月さんもこれまた姿勢が良く、育ちの良さを自然と感じさせる。

「男性です。……彼は、十数年前にこの建物で死亡した修行僧です」

 一同ざわめいた。
 男性なのはなんとなく感じていたが、仏門に入った人間が……あ、もう幽霊だったか……とにかく僧侶が、このようなことをしでかすなんてひどく不可解だ。
 しかし、僕は僧と聞いて、南北朝時代に書かれたという『稚児物語』を思い出してしまった。要するに女色を禁じられた僧侶達と若い稚児とのアッー!な本らしい。現代では決してそんなことは無いだろうが、昔は割と普通に寺院でそのようなことが行われていて、天台宗なんかには『稚児灌頂(ちごかんじょう』という少年をアッー!する神聖な儀式もあったらしい。
 まさか、そのような趣味を持つ僧の幽霊が、男の汗臭い服を盗んでいった……?

「あの……それは、つまり、その方はノヴシゲ達の服に興味があったということですか……?」

 僕よりも博識なキリコも同じようなことを想像したらしく、若干恥ずかしそうな顔をしてそう言った。


「ああ……、いえ、彼の目的は衣服ではありません。
 皆さんを、男性の方々を、丸裸にすることです」


 もっとタチ悪いじゃねーか!!


 ぶわっと冷汗が出てきた。
 同じような気持ちなのか、男性陣はみんな神妙な面持ちになった。万が一霊に襲われたら一体どうやって抵抗すればいいんだろうか……?
 僕らの表情に気付いたのか、満月さんが手袋をはめた手をブンブンと振って否定した。

「おっと、早とちりはしないで下さいね。彼はそのような趣味をお持ちの霊ではありません。
 彼は、この屋敷の中にいる男性を丸裸にして……女性の目に晒すことを楽しんでいるのです」

「は……?」

 それはそれですごく嫌だ。一体どういうことなのだろうか。

 満月さんはゆっくりと語り出した。

「この屋敷がかつて旅館として使われていた頃、この山の山頂にある寺院を訪れる僧や観光客が毎日のように宿泊しておりました。
 露天風呂こそありませんが、天然温泉の湧き出るこの宿は、登山の疲れを癒す場所として人気でした。

 しかし、悲劇は起きました。『彼』が浴室へと足を踏み入れた時、前の利用者が忘れて残していった石鹸ケースを踏み、後ろ向きに激しく転倒してしまったのです。

 更に悲劇は続きます。

 後頭部を強打して意識が朦朧とする中、当時時間ごとに男女入れ替え制だった浴室に、部活の合宿に利用していたテニス部のJK集団が入ってきて、全裸で横たわる彼を発見したのです!

 彼が死にかけていることに気付かないJK集団は、
「ギャー! ヘンタイ!」
「ハゲが下から覗こうとしてる!」
「サイテー! 目ぇひんむいてキモッ! 死ねよ!」
と大騒ぎしました。

 彼は薄れ行く最期の意識の中で、全裸で動けなくなっている自分がヘンタイ呼ばわりされているのを聞いたのです。もちろんその後、JK達も彼が瀕死であることに気付き救護を求めに行ったのですが、彼が死んだのはその直前でしたのでそんな様子を見ることはありませんでした。

 おお、ブッダ! なんたる屈辱か! 

 力尽きた彼の中には、仏の道に入っても拭いきれなかった妄執が、怒りが宿ったのです。

 その怨念はやがて仏教の教える輪廻転生の道を外れ、地縛霊となってこの屋敷にとり憑き……その後、宿泊する男性客の衣服が突然消え、女性客の前で裸を晒してしまうという事件が頻発するようになりました。

 彼は、男性客を自分と同じような目に遭わせ、生前の恨みを晴らすようになったのです。

 お陰でこの宿の評判も落ち、いつしか客は途絶え……火事で山頂の寺が消失するより先に、わたくしどもは経営を断念せざるを得ない状態となったのです」

「はあ……」

 そんな事情が……。
 しかし、経営者側には迷惑な話だろう。

「この屋敷に私やきく香が住むようになってからは、そのような現象はありませんでした。
 女性しかいないからでしょうか。私どももすっかり彼の存在を失念しておりました。
 久しぶりの男女混合のお客様とあって、きっとあのお方も奮い立ったのでしょうね」

 まつ香さんが申し訳なさそうに言った。その膝の上をきくちゃんが落ち着かない様子で上がったり、枕にして寝そべったりして、大人の会話に暇をもてあましている。

「原因はわかった。
 で、問題はどうすれば俺達の服を取り返せるかだ。これまではどうしてたんだ?」
 一磋さんが腕を組んだまま言った。
「そうっすよ! オレのパンツ、返してもらいたいんすけど!!」
「申し訳ございませんが、過去に衣服を取り返せた例はございません。
 ですが、彼は地縛霊……。一度この屋敷を出てしまえば彼の力も及ばず、衣服を身にまとおうとも消えることはございません。
 過去の男性客には、丁重にお詫びして衣服代を差し上げてご帰宅願いました」
「衣服代? いくらくれるんすか?」
「それはもう、おっしゃる額を……」
「……んー」
 FMSくんは納得しかかっているようだ。しかし、まだ問題はある。  

「以前はすぐ傍に衣料品店もございましたので、表にさえ出れば服を買うのには困らなかったのです。
 しかし、その衣料品店もこのような辺鄙な場所ですのでその後潰れてしまい……今は、麓へ降りるしか代用品を見つける手はございませんね。
 どなたかに買いに行って頂かなくては……」

 そうなのだ。持ってきた服は一旦諦めるとしても、誰かが新しい服を買ってきてくれないと僕らは家に帰れない。まさかノーパン浴衣姿で町を歩くわけにもいかないし。

 そうなると、誰が買い物の役目を引き受けてくれるかだ。男性が無理なら、女性しかない。

 僕は女性陣に目を向けた。
 キリコとユリカちゃんが、男性用下着を恥ずかしげもなく買えるとは思えない。そうなってくると、その辺をあまり気にしない雰囲気で、身軽なバイクで来た海清さんにスポットが当たる。

 僕は海清さんをじっと見た。海清さんは僕の視線に気付くと艶やかに笑って返してくれた。

「私? いいわよ。
 ……その代わり、下着も服も、私の趣味で買うわよ。ちゃんと着て見せてくれるわね?」
 ああ、一体どんなものを着せられるんだろうか……。僕は不覚にもときめいた。

 僕がポーッと胸を高鳴らせているのを見てか、キリコがテーブルをドンと叩いた。
「待ってください! こんな事態になったのは、この屋敷の管理者である満月さんに過失があるんじゃないですか?
 もちろん、そんな霊に憑かれてしまったことは同情しますけど……。わたし達をここへ誘ったのは満月さんなんですから、満月さんが責任をお取りになって服を買いに行かれればいいと思います!」

 キリコめ、余計なことを……。

 しかし、言われてみればその通りだった。

「そうですね。そうして頂くのが道理かと思います。
 そもそも、どうして満月さんの服は無くならないんですか? あなたも男性……、ですよね?」

 ペケ蔵さんが自信なさげに言ったのもわかる。僕らは満月さんの素顔も体も見たことがないからだ。もしかして女性だったりとかそんなこともアリエール……?

 しかしそこで、おもむろにネズが呟いた。


「……。……おかしいな。どうして、満月さんはその僧が死んだ時の感情を事細かに話せるんだ……?
 そんなこと、死んだ本人にしかわかるはずがない……」


 ネズの言葉に、空気が凍りついた。

 そうだ……。全くその通りだ。事故の流れや起きる現象のことはわかっても、その引き金となった感情までわかるはずがない。
 『裸体でいたのを罵られて屈辱だった』なんて、本人の口からしか語られるものではない。

 満月さんは……一体……?




『フフフ……ファファファファ!!』




 僕らが問い詰めると、満月さんは急に高笑いを始めた。

 そして突如、傍にいたΧくんの浴衣に手をかけ、一気に引きずり下ろして彼の上半身をさらけ出した。


「うっ……わああああ!」


 まさか突然そんな暴挙に出られるとは思っていなかったであろうΧくんは、慌てて浴衣を掴んで最後の牙城を守る。

「……くっそぉっ! やめろよっ、クソムシ野郎!!」

 Χくんが半泣きで足蹴にして抵抗する。ヘソの位置まで下ろされた浴衣が今にも引きちぎられそうになっていた。

「このヤロウ!」

 一磋さんが満月さんに殴りかかろうとした。


「……!?」


 しかし、不思議な力で一磋さんははじき返された……! そのまま襖に背中を叩きつけられる。


『ファファファ! 無駄だ! 我の名は宗膳。無念を抱き現世(うつしよ)を彷徨う怨霊よ!』


 なんと、満月さんに霊がとり憑いていたのか!

 満月さんのサングラスの奥で目が光っているのがよくわかる。背筋をゾッとさせる光だ。
 見ず知らずの人の前でならともかく、キリコ達の前で全裸にされるなんて、そんな恐ろしいことがあってたまるか……!!


 ビリリッ!!


 嫌な音がした。

「あああああぁぁ……!」

 Χくんの浴衣が一部分を残して破れ、満月さんの手の中に収まった。Χくんはほぼ全身を僕らの前にさらけ出すことになったが、幸いにもその残った一部分で大事な部分は隠すことが出来た。

『幸運な奴よ。我の手から逃れるとは』
「クソが……!クソが……!」

 屈辱を受けたΧくんはふるふると震え、顔を真っ赤にしたままものすごい形相で満月さんを強く睨んだ。
 僕はそんな可愛いΧくんの姿を見て若干何かに目覚めそうになったが、次の標的が一磋さんになり、その胸毛がさらけ出された瞬間に我に返った。

 不思議なことに、手を触れてもいないのに帯から上の浴衣が満月さんの方向に引っ張られている。

「うわっ……! 駄目だ、力じゃどうにもならねえ! 姉貴、なんとかしてくれ……!」

 謎の力に抵抗して浴衣を抑える一磋さん。海清さんに助けを求めるが、海清さんは腕を組んで仁王立ちしたままだった。

「何よ、男らしくないわね。裸ぐらいいいじゃないの。減るもんじゃないし。
 いいからさっさと脱ぎなさいよ」

 ……!?

 僕は耳を疑った。

 が、次の瞬間、海清さんの前でなら脱いでもいいような気がしてきた。
 僕の貧相な体を罵られたとしてもそれはそれで……、ご、ご褒美になるんじゃなイカ……!?

「ね? キリコちゃんもユリカちゃんもそう思うでしょ?」
 海清さんは2人に同意を求めた。

 ユリカちゃんは眉をハの字にして困ったような表情を浮かべた。

「うーん……。見たいような、見たくないような。
 でも見えたからってどうってことないですよ?
 だからもし脱げちゃってもだいじょぶです!」

 キリコは顔を赤くしながらも強気な口調で返した。

「別に……ノヴシゲ達の裸を見るくらい……! わたし達が見ればそれでこの怪現象が終わるんでしょう!?」

 そうか……女子というのは意外とこういうところは図太いのだ。高校時代、エグい特集の載ったan・anを女子がキャーキャー言いながら回し読みしていた様子を見たじゃないか。女性向けのアダルトコンテンツも多くある時代だ。今更裸程度では騒がないのかもしれない……。

 しかしそう思うとみすみす裸にはなりたくはないような気がしてきた。僕らの大事な裸体はこんなところで簡単に晒すべきものではないのだ。
 こんな状況で見られたところで、大事な何かを失ってしまいそうな気がしてくる。こんなくだらない状況で見せるんじゃなくて、もっとムードのあるところで、しかるべき状況で……と思うのは夢の見過ぎだろうか。

 僕は無駄かもしれないとは思いながら、一磋さんの浴衣を掴んで引き上げるのを手伝ってあげた。

「ノヴシゲくん……!」
「一磋さん、もう少し頑張って下さい!」

「僕も手伝うよ、一磋くん!」
「……俺も」

 ペケ蔵さんやネズも一緒になって一磋さんの浴衣を押えてくれた。

 満月さんの力は一人ずつにしか効かないらしく、一磋さん以外の人達に異変は起きていない。
 つまり一磋さんが脱がされなければ僕らに危険が及ぶことはない。

 必死になって力を込める。浴衣が破れたとしても、Χくんのように大事な部分だけでも手元に残ればこっちのものだ。


「イヤですぞー! イヤですぞー! 脱がされるのはイヤですぞー!」


 しかし、穴山さんが顔を赤らめながら部屋の隅でヴィーナス誕生よろしく体を押えているのを見てしまい、僕の集中力は乱された。

「ああっ……! ギャランドゥが……!!」

 僕が気を抜いた瞬間、浴衣は一気に引き摺り下ろされた。一磋さんの黒々とした立派なギャランドゥが僕らの眼前に現れる。もう少しで全部持っていかれるところだった。

「くっそ……あぶねえっ……!」

 僕らは渾身の力を込めて浴衣を引いた。しかし僕の握力は既に限界だった。


『無駄な抵抗はやめるのだな。我の手から逃れた者はいない。
 ……!?』

 もう駄目だ、一磋さんのイチモツが……!!


 と思った瞬間、満月さんをまばゆい光が襲い、彼を包んでいた黒いオーラが吹き飛んだ!
 一磋さんの浴衣を引っ張る力が抜ける。
 た、助かった……!?


 満月さんはキョロキョロと部屋を見回した。

『誰だ……! こんな力を使う者がいたとは……!』


 僕らも何が起きたのかわからず、呆気に取られたまま光の放たれた方向に目をやった。



「……加此出波(かくいでは) 天津宮事以鼎氐(あまつみやごともちて)
 大中臣天津金木乎本打切末打断氐(おおなかとみあまつかなぎをもとうちきりすえうちたちて)
 千座置座尓置足波志氐(ちくらのおきくらにおきたらはして)
 天津菅曾乎本刈断末刈切氐(あまつすがそをもとかりたちすえかりきりて)
 八針尓取辟氐(やはりにとりさきて)
 天津祝詞乃太祝詞事乎宣禮(あまつのりとのふとのりとごとをのれ)……」



 ……な、なんとFMSくんが漢字をしゃべってる……!?


 じ、じゃなくて、二本指を口元に近づけてなにやら呪文めいた言葉をブツブツを唱えている!

 そのFMSくんの周りを、あのまばゆい光が包んでいるではないか!


「FMSくん……力を使ったのか……」

 ペケ蔵さんがボソッと呟いた。

「力って……!?」

 僕はすかさず聞き返した。

「彼はああ見えて一応、伝統ある神社の跡取り息子だからね……。音楽活動なんてしてるのも、駄目だった場合の保険があるからなんだよね。
 子供の頃からオカルトが好きで、家の敷地内で陰陽師の真似事みたいなことしてたら、厄払い程度のことは出来るようになったみたいだよ。」

 そうだったのか。まさか、FMSくんがそんな生い立ちで、そんな能力を持っていたなんて……。

 地縛霊に、陰陽師……。
 もはや、パンツが宙に浮くくらい大したことではないように思えてきた。
「でも、ちょっと待ってください。相手は僧ですよ? 仏教に神道の力が効くんですか?」
「うーん……日本は元々神仏混交だし、ホトケも八百万の神の一つということでいいんじゃないかなあ」
 ペケ蔵さんが『ホトケ』なんて言うとまるで死亡した被害者のようだ。

 それはともかくとして……。僕は再びFMSくん達に向き直った。

 FMSくんの体から放たれる光が満月さんのオーラを吹き飛ばすが、満月さんの体からは湯水のように次から次へと黒いオーラが湧いて出てくる。


『ファファファ! 小僧が、頑張るじゃないか!』

 バリバリバリッ グァ!!

 今度はFMSくんの浴衣が引っ張られる。
 だが浴衣は見えない誰かが押えているかのようにFMSくんの体を包んだまま、裾を翻すだけだ。
 FMSくんはこめかみに汗を浮かべたまま動こうとせず、口元にニヤリと笑みを浮かべた。


「大祓詞(おおはらえのことば)じゃ完全に祓うのは無理っすか……。
 こうなったら、最近使えるようになった式神を使うしかないっすかね……」


 おお、式神! 安倍晴明みたいでカッコイイ!
 僕が期待を高めると、FMSくんは懐から人型の紙を取り出した。
 すげー! ワクワクする!!


「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生じる……」


 FMSくんが再びブツブツを何かを言い出し、指で人型に何か書き込んだ。
 不思議なことに、ペンも筆も持っていないはずなのに、FMSくんの指先が人型に触れるとそこに線が浮き出てくる。
 なんかすげー! かっけえ! もうそれしか言えない!

「老子の言葉ね。陰陽道は道教の影響も受けているから……」

 キリコが言った。だが僕には何のことを言ってるのかサッパリだった。

「え……道教?」
「中国三大宗教の一つだよ」
「2とか3とかどういうこと?」
「式神とは、式……つまり数学なのよ、きっと。
 ピタゴラスは『万物の根源は数である』と言ったわ。自然現象には数学的な法則が内在しているってね。
 万物を構成する式に特定の条件を与えれば特定の結果が出る。すなわち条件を変えれば万物を操れるということね」

 ……わかったようなわからないような。


「はあああぁぁっ!!」

 一通りなんらかの呪文を唱え終え、人型を挟んだ二本指を口元に近づけたFMSくんが、そのまま人型を投げつけた。

 が、しかし、

『弱い弱い!!』

 人型は力無く満月さんの目の前でヘナヘナと床に落ちていった。
 そして人型はヨロヨロと数歩だけ床を歩いたかと思うと、「きゅ~…」と言いながら力尽きたように倒れ込んだ。

 傍にいたネズがそれを拾って書かれた文字を読み上げる。


「……。……『12+30=42』……?」


「数学じゃなくて算数じゃんそれ!!」

 僕は盛大にガッカリした。


 ガッカリした、というか、呆れた様子でみんながFMSくんを見る。FMSくんは唇を尖らせた。

「な、なんすか! 足し算と引き算でもいちおー式神は動いたじゃないっすか!」
「あのさあ……、高校までは出てるんだからさ、せめて中学レベルの方程式くらい……」
「自慢じゃないっすけど、オレ数学は万年1っすから! たまに2があったけど、高校卒業したら全部頭ん中から吹っ飛びました!」
「それでよく式神なんて使おうと思ったなオイ!」

 僕らがコントのようにやり取りしていると、満月さんは両手を掲げた。


『ファファファ……! へなちょこ陰陽師め、もうここまでだな……!!』


 部屋の中を嵐のような強風が襲い、FMSくんの浴衣を吸い取ろうとした。
「うわっ……やっべ……っ!!」
「あ、危ない!!」
 慌てて浴衣を手で押えるFMSくん。僕はそんなFMSくんを助けようと手を伸ばした。

 が、

 僕の伸ばした手はあろうことかFMSくんを突き飛ばす形となってしまった。
 強風と僕の力に煽られたFMSくんは、おっとっと……とバランスを崩して満月さんに向かって倒れ込んだ。

 その時だった。



 ぽみゅっ☆



「……!!? ~~~~~っ……!!」





 ああ、なんたること……なんたること……。


 僕は目の前で起きたことを現実として受け止められなかった。



 FMSくんは倒れ込んだ満月さんの上に覆いかぶさっており、その唇がマスク越しに満月さんの唇を奪っていた!

 まるでコトを始める前の恋人同士のような優しいキッス……。

「ンんんん……!!」

 マスク越しではあるが、そんな体勢になっていることに気付いたFMSくんと満月さんは、苦々しい表情を浮かべた。


 その時、




『ウボアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』




 満月さんの体からタコがスミを吐き出したかのようにぶわっと黒い煙が広がった。不意打ちのようなそれを思わず吸い込んでしまった僕らは、たまらずにゲホゲホと咳をする。
 先ほどまで吹き荒れていた風は止み、煙が部屋に充満した。

 何が起こったんだ?

 もしかして、例の霊が満月さんの体から出ていった……?


「皆様、大丈夫でしょうか!?」

 やがて気を利かせたまつ香さんが襖を開けて換気を良くしてくれた。部屋を覆っていた黒い煙は、風の流れと共にゆっくりと部屋から出て行った。

 視界が良くなると、倒れたままの満月さんとその隣で四つん這いになりながら茫然としているFMSくんが目に入る。

「若様!」

 まつ香さんが心配そうに倒れ込んだままの満月さんを助け起こそうとする。満月さんのマスクの口の部分は唾液でしっとりと濡れていた……。

 FMSくんはと言えばわなわなと震えながら顔を青くしている……。心中お察し致す。


「う、ううん……。
 ……はっ! まつ香さん!
 わたくしは一体……?
 ……い、今の柔らかな唇は、ま、まつ香さんでしょうか……?」

 目を覚ましたらしい満月さんが若干照れながらそう聞いた。まつ香さんは言葉を詰まらせた。

「ええと……それは……。
 と、ともかく若様がご無事で何よりです!
 もうどこも悪くはございませんか?」

「ええ……わたくしは大丈夫です」

 FMSくんは大丈夫じゃなさそうだけどな。


「しかし、一体何が起きたんだ……? どうして、いきなりアイツが体から出て行ったんだ?
 FMSくん、何か術でも使ったのか?」

 一磋さんの問いかけに、FMSくんはぶんぶんと首を振った。

「じょーだんじゃないっすよ! あんな苦しくてキモいの、術なわけないじゃないっすか!!」

「苦しい……? あっ……そうか!」

 キリコが何かを悟ったようだった。



「苦しいFMSくん × 苦しい満月さん……9(苦)×9(苦)=81だね!」


 なんなんだその思考は!


「FMSくんの意図せずして、式が発動したんだよ、たぶん!」

 キリコはちょっと興奮気味に言った。それが、ロジックを発見したことからなのか、FMS×満月という空恐ろしいカップリングを目の前で見たことからなのかがわからなかった……。

「いや、それさすがに無理があるでしょ……」

「言霊の国である日本なら、苦しいの『く』が『9』に結びつくことなんて普通でしょ? 人物×人物という数式も、いまや色んなところで見かけるものじゃない」

「いやでもさ……9×9=81だって小学生レベルじゃないか……。なんでこんなに効力を持つんだよ……」

「ノヴシゲ知らないの? 九九は神聖な数字なの。陰陽思想では奇数は陽の数で、9は一桁のうちその最大でしょ。9月9日を重陽の節句と呼んでお祝いするのは、陽の重なりが吉祥と考えられたからだよ。
 万葉仮名では『に[くく]あらなくに』を『二[八十一]不在国』と書いたりなんかして数で遊んだりもしたの。
 イザナギとイザナミが産んだ神の数も九九=八十一柱。FMSくんが操れる数式としてはなかなか強力だったのかもしれないよ」

 ……わかったようなわからないような(※72段目ぶり2回目)。



 とにかく、偶然にも発動された術により、僕達は女の子達の前で全裸を晒すという危機から逃れることが出来たようだ。Χくんはほとんど晒してしまったが……、まあ、彼なら許される範囲だろう。本人さえ立ち直れば。

「あっ……そういえばパンツ……!!」
 FMSくんが思い出したように言った。
「そうだ。消えた俺達の着替えはどこに行ったんだ……?」
 一磋さんも乱れた浴衣を調えて辺りを見回す。一見してそれらしいものがあるようにも見えない。消えたことの逆に、空中からパッと現れることもない。

「お、オレのパンツ……」

 FMSくんがしょぼんとした。その矢先だった。


「あー、なにやら体が重いですねえ」


 元気を取り戻した満月さんが立ち上がると、そのコートの下からバサバサバサッと大量の衣類が落ちてきた。まるで四次元ポケットから取り出したかのような量だ。

「ああー!! パンツ! オレのパンツ!!」

「おっと、なんですかねえ、これは……」

 それらは見まごう事なき、僕らの無くした衣服の山だった。FMSくんは嬉しそうに黒いパンツを手に取った。

「まあ……とりあえずは良かったね、FMSくん。4000円が無駄にならなくて。君の力も役に立ったし」
「良かったんすかね……コレ」
 ペケ蔵さんがFMSくんの肩に手を置くと、FMSくんは先ほどの満月さんの唇の感触を思い出したのか再びドヨーンと落ち込んだ。

「一磋もケチね。体くらいみんなに見せてあげればよかったのに」
「自分で見せるのと無理矢理晒されるのは違うだろ……」

 双子はいつもの雰囲気になっているし、

「うへへ……たるんだ体を見せずに済んでよかったですよ」

 穴山さんはほっとした顔をしている……が、穴山さんの体がたるんでいることは服を脱がずともわかるのである。

「ボクはこの屈辱の日を一生忘れない……!」

 ……Χくんにはあまり近づかんでおこう。

「……。……ノヴシゲ、怪我は無かったか?」

 ネズはいつものように必要以上に僕を心配してくれた。

「どーなっちゃうかと思いましたけど、これにて一見落着ってことですね★」

 ユリカちゃんがニコニコして言った。


 うん、まあ、そうなんだけど……。
 なんとなく釈然としない。


 僕は横目でキリコを見た。

 FMSくんと満月さんを見て即座に×を思い浮かべた思考……もしかして?
 いや、今までそんなそぶりは見せなかった……。きっと僕の勘違いだ……。

 それと、満月さんのあのコートの中はどうなっているのだろう。僕らの衣類の量はとてもじゃないが物理的にあのコートの中に収まるような量じゃない。
 これまでもずっとあの中にあったというのか?
 あの中はどうなっているんだ?
 そして、何故他のみんなはそれを疑問に思わないんだ……?

「皆様、とりあえず悪霊は去ったことですし、お夕食まではまだ時間がかかりますので、もう少々お待ち下さいね」

 まつ香さんがそう言うと、僕が困惑しているのをよそに他の人達は自分の服を手に部屋に戻っていく。
「じゃあノヴシゲ、後でね!」
 キリコがユリカちゃんと共に部屋を出ていくと、傍にはネズだけが残った。

「ノヴシゲ、戻るぞ」
  
 ネズに声を掛けられ、仕方なく僕も床に落ちた服を取った。
 だが、そこには僕のパンツだけが無かった。

「僕のパンツだけ無いぞ……」
「……。……満月さんがまだもってるんじゃないか? 聞いてみたらどうだ?」

 そうかも。それなら、ついでにあのコートの中のことも聞けるかもしれない。
 

 僕らが廊下に出ると、そこにはちょうど満月さんときくちゃんがいた。

「満月さん」
「あ、はい?」
「あの……、コートを脱いでみせてもらえませんか?
 僕のパンツが見当たらないんです。もしかしたら、引っかかって残ってるかもしれないし……」

 僕はおそるおそる満月さんに言ってみた。紫外線に弱いから着ているというあのコート……。そういえば室内なのに脱いでいるところを一度も見たことが無い。明らかに不自然だ。

 満月さんは「おっと、そうですね……」と言ってコートの上から体をまさぐるようなしぐさをした。

「ん~……ありますかねえ……」

 そしてひとしきり考え込むと、僕ではなく傍らにいたきくちゃんに声を掛けた。


「きく香ちゃん、わたくしの代わりに、『中』を見てきてくださいますか?」


 満月さんが言うと、きくちゃんは素直に「はーい!」と、満月さんのコートの裾から中に入って行った……!
 きくちゃんが入ればコートは膨れそうなものなのに、外見は一切の変化がない。先ほどの大量の服のように、その体積を感じさせない。
 『中』は一体どうなって……!?





 ……グジャッ!
 バキッ! ギョエエエ! ビチャッ!!






 しばらくすると、きくちゃんが入って行った満月さんのコートから、なにやら不穏な音が聞こえてくる……。
 僕は竦んだ足でやっと立ってその光景を目にしていた。ネズも困惑の色を隠せないでいる。



「あったよー! おにいちゃんのパンツ!」



 やがてきくちゃんが満月さんの足元から出てくると、その手には深緑色のドロッとした液体にまみれた僕のパンツがあった。


「おやおや、随分と暴れたんですねえ」
「すっごいねえ、かわいいのがいたの! なでなでしたんだよ!」


 満月さんときくちゃんはそうして顔を見合わせると、にやあ~っと笑ったのだった。


 僕らは緑に染まったパンツを手渡されて、そのまま何も言えなかった……。









              END

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