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束縛スル里

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「怪奇!空を飛ぶパンツ!脱衣所に秘められた罠!」前編





「怪奇!空を飛ぶパンツ!脱衣所に秘められた罠!」前編







「あ~、いいお湯だった」


 浴室のガラス戸を開けると、浴室内より幾分湿度の低い爽やかな空気が肌を冷やした。夏場とはいえ山中であるので気温はそれほど高くなく、陽光さえ遮ればエアコンなしでも快適に過ごせる。

「……。……すごかったな、一磋さんの……」
「そうだな……」

 ネズも衝撃を受けたようだった。興奮で頬が赤く染まったままだ。着替えの入った籠に向かいながら僕は薄手のフェイスタオルで更に体に付いた水滴を拭った。
 あんな風になるんだろうか……。人体とはまったく不思議だ。

「縮れ毛ばかりのすね下の一部分だけが綺麗な直毛だなんて……。
 しかもキューティクルの整ったツヤツヤな毛だった。僕は全体的に直毛だけど、あの光沢には勝てないな……」
「さすが美容師だな……。体毛の手入れもしっかりしてる……」

 あ、そうか、美容師さんなんだっけ。
 ちょっと隙を見せるとハーレーの話を振ってくるから一磋さんの職業のことなんてすっかり忘れてたよ。
 僕は着替えの籠にかぶせてきた大きなバスタオルを取った。

「あ……あれ!? な、無い!!」

「……。……どうした、ノヴシゲ?」

「き、着替えが無い!! 着てきた服も、全部無いぞ!?」

 バスタオルの下は、虚の空間となっていた。

「……籠を間違えたんじゃないのか?」
「でも、このドラえもんのバスタオルは間違いなく僕のだぞ?」
「後から入ってきた誰かが入れ変えたとか……」
「そんなことして何になるんだよ!」
 ネズは籠の中から自分のバスタオルを取った。そして……
「……? 俺のものも無いぞ……」
「ええっ!?」
 眉一つ動かさず何も無い籠の中を見つめる。
「……どういうことなんだ? このままじゃ表に出られないな」
「もしかしたら、FMSくんあたりの悪戯じゃないのかな……。他の籠の中も見てみよう」
 僕は手当たり次第、籠の中身を覗いてみた。しかし、どの籠という籠にも入っているのはバスタオルかせいぜい眼鏡くらいのもので、僕が悪戯をしたんじゃないかと睨んだFMSくんのものも含め、今浴室内にいる人達の着替えらしきものは一切見当たらなかった。

「ど、どういうことなんだ……? 全員分の服が無くなってる……」

 僕達が全裸のままうろたえていると、湯上りで体を紅潮させたΧくんがガラス戸を開けて脱衣所に入ってきた。

「……? どうしたんですか、2人とも……」
「……着替えが無いんだ……」
「は? 忘れたんですか?」
「そうじゃない。みんなの分も無いんだよ」
「はァ? なんで……」

 Χくんは自分の籠の中を確認し、そのまま隣に置いてあった籠の中も見る。そして可愛らしい唇を歪めてチッと舌打ちした。
「……FMSさんの仕業じゃないんですか? 最後に入ってきたのあの人だし」
 やっぱそう考えるよな。

 僕はとりあえず本人に聞いてみようと、浴室のガラス戸を開けた。
 と、ちょうど浴室を出ようとしていたペケ蔵さんの鎖骨が目に飛び込んできた。

「あれ? どうしたんだい? 忘れ物?」

 僕はペケ蔵さんの問いかけには返事をせず、地獄谷のサルが如くヘブン状態で首まで湯船に浸かっているFMSくんに声を掛けた。
「FMSくん! みんなの服を隠したりしてないよな!?」
「……へっ!?」
 気持ち良さそうに目を瞑っていたところを急に声を掛けられたFMSくんは驚いて胸まで体を引き上げた。
「なんのことっすか!? 服って?」

 ……本当に知らなそうだ。

「一磋さんや、穴山さんは……?」
 僕は中に残っていた他の2人にも声をかけたが、2人とも事態がわかっていないような顔をしていた。
「どういうことなんだ……」

 僕は再びネズ達のところに戻った。ネズ達は脱衣所内をくまなく探してくれていたようだが、収穫は無かったようだ。

「盗難事件ですよ! 盗難!」

 僕はペケ蔵さんに言ったが、ペケ蔵さんは腕を組んで首を傾げた。
「うーん……、でも男の服を……それも下着まで盗んで誰が得をするのかなあ。昼間動いたから汗臭くなってるし、……ここには男性陣のほとんどがいるわけだけど、女性の誰かがこんなことするとは考えにくいし……。
 満月さん……? が、何かの為に持って行ったとしても、僕らにはきちんと声をかけてくれそうだし……」
「でも実際問題として僕ら、服を着ないことには表には出られませんよね。いつまでもブラブラしているわけにはいかないでしょう?」

 そうこうしてる間に、浴室内にいた3人も脱衣所まで出てきた。脱衣所内は裸の男達で溢れ、いつも以上にむさ苦しい光景となっていた。念のため言っておくがみんなタオルで下は隠している。

「とりあえず各々の部屋に他の着替えはあるわけだ。だったら、取りに行けばいいだけの話じゃないのか?」
 一磋さんがそう言った。
「でも、途中で女性陣と出くわしたら気まずいですよね……。いくら下を隠していたとしても。
 これだけの人数が一度に行動したら、絶対に誰かは遭遇しちゃうと思うんですけど」
「じゃあ、代表して誰かに取りに行かせればいい」

 一磋さんの言葉を聞いて、一同の目がFMSくんとΧくんの2人に注がれた。

「な、なんなんすか! オレは嫌っすよ!」
「……なんでボクらなんですか?」

 これにはペケ蔵さんが答えた。
「Χくんならタオル一枚でうろついていたところを女性と遭遇しても許してもらえそうだし、FMSくんは普段からこういうことやらかしてそうだから笑い話で済むんじゃないかと思うんだ」
「オレなら笑われてもいいってことっすか!? だったら穴山さんこそ適任じゃないっすか! 普段から風呂上りにパンツ一丁で歩いてそうだし!!」
「うへへ……バレましたかな?」

 僕らがもめていると、ふと、廊下から幼い歌声が聞こえてきた。この声はきっと、きくちゃんだ!
 僕はチャンスとばかりにみんなに提案した。

「きくちゃんに、何か羽織る物を持ってきてもらうようにまつ香さんに伝えてもらうのはどうですか? 元々旅館だったんならもしかしたら浴衣くらいはあるかもしれませんよね?」
「ナイスだ、ノヴシゲ……! それでこそ俺の」
 ネズの言葉を遮って僕はΧくんの肩に手を置いた。
「Χくん! 僕らがこの格好できくちゃんの前に出るのは……なんというか、事案が発生してまずい気がする。
 だが中性的で可愛い君ならきっと大丈夫だ! きくちゃんに、この危機を伝えてくれ!」
 Χくんはわかりやすく嫌な顔をした。が、少し考えるような素振りを見せると、僕の期待する答えを返してくれた。

「ボクだって一応男なんですけど。
 ……まあ、確かにボクならヘンタイには見えないでしょうから、ここは仕方ないですかね……」

 Χくんは腰のタオルをしっかりと結びなおして廊下に出て行った。その華奢な背中が僕らには非常に頼もしく見えた。

 Χくんの様子を、そっと開けた扉の隙間から伺う。

 Χくんを見つけて、きくちゃんの足が止まった。しかし、すぐにはΧくんの口から言葉が出てこない。子供と接するのは苦手そうだから、言葉を選んでいるのかもしれない。

「あのさ、頼みがあるんだけど……。お母さんにさ、7人分の浴衣か何かを……」

 しかし、Χくんがそう言っている途中で、きくちゃんはニヤリと笑いを浮かべてΧくんの腰のタオルを思い切りつかんで取り去った!!


「うわあああああああああああああ!!」


 廊下に鮮やかに浮かび上がるΧくんの肌。Χくんは真っ赤になって体を隠すように廊下に座り込んだ。
 きくちゃんはタオルをつかんだまま廊下の向こうへと駆けて行く。フルチンでは追いかけようにも追いかけられない状況だ。
 そうだった。子供というのは時に大人以上に残酷なのものなのだ。それを念頭に置かなかった僕の失策により、Χくんは犠牲となったのだ。

「どうかなさいましたか!? ……あら、まあっ///」

 Χくんの悲鳴を聞きつけたまつ香さんがやってきて、つるんと綺麗な尻を出しながら蹲るΧくんの姿を捉えた。ああ、泣きっ面にハチとはまさにこのことよ。だがΧくん……貴殿の死は無駄にはしない。

「まつ香さん! お願いがあるんです! そこから動かず僕の声だけを聞いてください!」
「え……?」

 よし、これで一難去ったな……。

 僕達は、まつ香さんに経緯を説明して宿泊客用の浴衣を出してもらうことになった。これで着替えのある部屋に戻ればとりあえずは落ち着く。

 ……はずだった。







「無い……。どこにも無いぞ……」

 僕はボストンバッグの中身を全て引っ張り出して絶望的な気分になった。
 隣で同じような作業をしているネズを見る。浴衣姿のネズは僕と目線を合わせると、小さく首を振った。

「持ってきたはずの着替えが全部無くなってる……。一体どういうことなんだ……?」

 僕は立ち上がって、他の人達がどうなのか確認しようと廊下に出た。
 トランクスを履いている時とは違う心もとない風が股の下を通っていく……。浴衣は前で合わせる部分がそれほど広くない為、大股で歩くと太ももまでめくれ上がって非常に危険だった。
 廊下で、殺気を帯びたFMSくんとXくんに出会う。その顔を見れば、彼等の鞄の中にも服が無かったことを容易に察することが出来た。

「誰かは知んねーけど、舐めたマネしてくれるじゃないっすか……。4000円もしたRoenのパンツも盗まれてたんっすよ……」
「コロス……コロス……」

 Χくんは先ほどからずっとコロスコロスと呟いている。誰をコロスつもりなのかは知らないが、今のXくんに近づいてはいけない気がした。

「参ったな……。なんでこんなことになったんだ?」
 一磋さん、穴山さん、ペケ蔵さんもそれぞれ廊下に出てきた。大股で歩く一磋さんや穴山さんの足がちらちらと浴衣の間から見えて、僕は見たくもないのにいちいち気になってしまった。
「Χくんやネズくんのものならともかく、こんなオヤジの服など盗んでも何にもならないと思うんですがねえ……うへへ」
 そうだよなあ。穴山さんの服(※脱ぎたて)なんか金もらってもいらねえし。それより女性陣の……。

「……は! そういえば、女性陣の服はどうなんですかね!? 僕らと同じように盗まれてたりなんかしませんかね!?」

 ノーブラノーパン浴衣! ノーブラノーパン浴衣!

 僕は淡い期待を抱いた。


「あら、本当にみんな浴衣なのね」

 僕の淡い期待を一瞬で打ち砕き、風呂上りでやや湿った髪の海清さんが普通の洋服を着たまま部屋から出てきた。
「な? 言っただろ、姉貴」
 そうか。海清さんは一磋さんと同室だから、きっと彼から話を聞いたのだろう。
「じ、女性陣はなんとも無いんですか!?」
「ええ。お風呂から上がっても何の異変も無かったわ」

 僕らが廊下で騒いでいたせいか、残りの女性2人……キリコとユリカちゃんもひょっこり顔を出した。当然のようにいつもの格好だ。

「ノヴシゲ、どうしたの? 何の騒ぎ?
 ……どうしてみんな浴衣なの?」
「それが、僕らの服が全部盗まれたんだよ! 下着まで全部!」
「えっ……?」

 キリコは疑うように僕らの顔を見回したが、僕らの曇った顔を見て事実であると察したようだった。
 そして隣のユリカちゃんが耐えかねたかのようにプッと噴き出した。

「あはは、なんで男の人の服だけが盗まれちゃうんですかあ。イミわかんない!」
 意味わからんのはこっちも同じだ!

「……。……FMSくんの4000円もするパンツならともかく、着古した他の人達の服に大した金銭的価値は無いだろう……。
 ……他に考えられる理由としては……犯人が、男の服にしか興味を持たないとか……?」
 大真面目な顔をして分析をするネズ。
「いやいやネズ、4000円もするブランドのパンツだって言っても、他人が履いたパンツが欲しいか? それも金銭的な価値は無いだろ。……無いと言って!」
「……そうか。それもそうだな。となると犯人は汗臭い男の服を好んだとしか……」
 ちょっとっ、そういう怖い話はやめてもらえませんか?
 僕の頭の中に、僕らの服の臭いをスーハースーハー嗅ぐコナンに出てくる犯人のような黒い人物が浮かんだ。

「念のため聞くけど、女性陣には……覚えはないよね?」

 ペケ蔵さんが被害にあってない女性達の方に向き直って聴取を始めた。

「男性の汗の臭いは好きだけど、服を盗むほど落ちぶれてはいないわ」
「やだっ、そんなの盗むわけないじゃないですかぁ!」
「私も……。第一、これだけ大勢の人達の3日分の衣服なんて大量の物を、どこに隠せばいいんですか?」

 女性達は文字通り三者三様の反応を見せてくれた。僕だってそんなものいらないと思うし、ましてや女性陣が興味を持つようなものには思えない。ペケ蔵さんも「それもそうだよなぁ……」と呟いて、それ以上の追求はやめたようだった。

「だとすると、外部の人間かなあ……。
 ああ、満月さんが残っているな。満月さんが気を利かせて勝手にクリーニングに出した可能性も無くはない……かな?」

 ペケ蔵さんが腕を組んで考え出すと、FMSくんが泣きついた。

「頼んますよペケ蔵さん! オレのパンツ取り返してくださいよ!」
「そりゃ僕も着替えが無いと困るからちゃんと探すけどさ、パンツに4000円はいくらなんでもかけ過ぎだって言ったろ?」
「真にシャレオツな人間は見えないところにこそ金をかけるんっすよ!」
「そんなことよりその4000円で食費を払ってくれよ」
「勝負パンツくらい持ってたっていいじゃないっすかー!!」
「見せる相手もいないじゃないか……」
「……」
 FMSくんは白目で固まってしまった。

 ペケ蔵さんの言うとおり、見せる相手もいないのにパンツに4000円はかけ過ぎだと思う。彼女無し仕事無しの僕はこのところしまむらでしかパンツを買っていない。いや、しまむらの値段と品質で充分満足している。FMSくんもしまむらで買えばいいのだ。
 しかし、4000円もする男物パンツとは一体どんなものなのだろうか。女性物のフリルのふんだんに付いたサテンのパンティなんかではそれくらいしてもおかしくはなさそうだが。サテンの光沢ってなんかエロいんだよなぁ。上からなでなで触りたくなるっていうか。動画でしか見たことないけど。あ、でもFMSくんがそんな光沢のあるパンツ履いてたらなんかスゲーやだな……。

「そのパンツって、どんなやつ?」

 僕はつい聞いてしまった。

 FMSくんは待ってましたとばかりにちょっと得意げに説明を始めた。

「さっきも言ったっすけど、Roenので、黒地にドクロ柄のロックテイストのやつなんすよ! ちょうどアレみたいな!」

 そう言ってFMSくんは僕の背後を指差した。


 振り向くと、下へ降りる階段をちょうど降りていくようにふわふわと浮遊する黒いボクサーパンツがあった。


 なるほど、こんなのか。一見普通のちょっとオラついたイメージのパンツに見えるけど、きっと高いブランドなんだろうなあ。しかしこれに4000円か。ペケ蔵さんの言う通り、かけ過ぎに思えるな。



「ぱ、ぱ、パンツが浮いてるぞ!?」



 一磋さんが叫んだ。

 僕はハッとした。そうだ、パンツが浮遊などするはずがない。僕はこんなパンツの値段が4000円もするのだという異常性に捕らわれて、パンツが浮遊するという物理的にありえない現象に気付けなかった。

「あー! オレのパンツじゃん!!」

 FMSくんが慌てて階段へ走った。その拍子に階段の傍にいた僕はFMSくんとぶつかってしまい、体勢を崩してしまった。

 FMSくんの手から逃れるように浮遊するパンツは身(?)をかわす。

「えっ……?」

 逃げられると思っていなかったであろうFMSくんは、体勢の崩れた僕を巻き込んだままその身を階下へと落下させた。

「あああああああ!!」

 視界があちこちに回転して、体のいたる所を打ちつけて、一階まで落ちきった僕らは廊下の壁に激突して止まった。

「お、おい、大丈夫か!?」
 上から一磋さんが声をかけてくれる。衝撃で体中が痺れて頭もクラクラする。しかしなんとか頭を上げると、浴衣の裾が肌蹴て派手に露出したFMSくんの下半身が目に入った。
「……あ」
「ぅわっ……!」
 僕の目線に気付いたFMSくんは痛むであろう体を縮めて慌てて隠した。僕は見なかったことにした。というか今の記憶を一瞬で脳から消去した。
 2階を見上げると、一磋さんが女性陣の目を隠すように壁になってくれていた。さすがは一磋さん、優しいな。

「そ、そうだ、パンツ!」

 FMSくんが立ち上がろうとする先では、あのパンツが僕らを嘲るかのように上下に揺れていた。ポイントになって大きく描かれたドクロも手伝って、非常に憎たらしいパンツだった。
 あれがサテンのパンティだったら性的に挑発されているようで気持ちも昂ぶるが、男物のパンツではただ怒りが増すばかりだった。
 その怒りにまかせて、パンツに飛び掛ろうと思ったその時、



「おや、またやらかしてしまったのですね」



 暢気な声がパンツの向こう側から聞こえてきた。








 それは、まつ香さん、きくちゃんを従えた満月さんだった。














後半に続く

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