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束縛スル里

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変幻六花編BADENDその後 ~もしもゲスMSが一途だったら~ 前編

※変幻六花編BAD END後のエピソードになりますのでクリアしていない方、変幻六花編が趣味じゃなかった方はご注意ください。
 知らない人のために:ゲスMSとは、変幻六花編のFMSがあまりにもゲスいので、くんさきさんの実況動画中に命名された名誉あるあだ名である。



























 この手に残る、吐きそうになるくらい嫌な感覚。凶器を持って、あいつを、殴り傷つけてしまったという忌々しい記憶。艶やかな黒髪に滲んでいく、真っ赤な液体。まるで一枚の絵画のように頭に焼きついてしまった、その一瞬・・・・・・。
 それを、一生忘れる事はないだろう。


「よくぞやりとげましたね、猿飛君。わたくしの新しいお紅さまとなられる方を、まさか本当に連れて来ていただけるとは。いやあ、正直あなたには少し荷が重いかなと思っていたのですがね・・・・・・大変失礼致しました。あなたのような優秀な部下がいてわたくしも鼻が高いですよ」
「そりゃそうっすよ! なんてったってオレ様っすから!! ・・・・・・約束通り、前のお紅さまはオレが貰っちゃっていいんすよね?」
「ええ、どうぞ。あなたになら喜んで差し上げますよ」
「よっしゃ!! そんじゃ連れて帰りやすんで」
「むしろ褒美があのような絞り粕で本当に良いのかと思えるほどです。おっしゃっていただければもっと良い褒美も与える事もできるのですよ? おっと、新しいお紅さまと言われても困ってしまうのですが・・・・・・ククク」
「いやあ、もうぜんぜん大丈夫っす! なんでオレもう行きますね!」
 オレはそう叫ぶと、ひらひらと手を振りがならナガムシ様に背を向けて歩き出す。
「・・・・・・せいぜい・・・・・・時間を、お楽しみください」
 背後でナガムシ様が何かつぶやいたような気がしたが、オレは特に気を留めることなく部屋を出た。
 いや、今はナガムシ様ではなく若様か?
 まあどっちでもいいか。糞をわざわざ区別する必要はない。

 オレは早歩きでお紅さま・・・・・・元お紅さまがいるはずの部屋へと向かう。どうにもこうにも気が逸ってしまうのを止めることが出来ない。心臓が早鐘を打つ。廊下は冷え切っていて、もうすぐで冬本番というのに額に汗がにじむ。
 オレはナガムシ様と、ある約束をしていた。新しい生け贄を連れて来れば、今のお紅さまはオレに譲ってもらえるという約束だ・・・・・・!!
 だから気が逸ってしまうのもしょうがない事だと思う。ナガムシ様への新しい生け贄とやらを、オレはやっとのことで連れて来ることが出来たのだから。
 新しい生け贄を連れて来るのは並大抵ではなかった。どうやって連れて来たのかなんて正直思い出したくもない。あんな強引な手段で良かったのかはわからないが、あとは若様が勝手にどうにかするだろう。
 これからはお紅さまの変わりに新しいお紅さまが犠牲となって、この辛気臭い村を続けて繁栄させていくのだろう。
 人さらいみたいな真似までして、こんなにも歪み切った村を本当に存続させなければならないのだろうか。
「・・・・・・まあその甘い汁を吸ってるオレに文句たれる資格はないっすけど」
 一人、オレはため息交じりにつぶやいた。


「シツレーしやーす!」
 その部屋に入った瞬間、オレは一瞬で目を奪われてしまう。赤い着物を身にまとい、真っ白な髪を携え、この世のものとは思えないほど可愛らしい容姿を持つ、一人の女の子に・・・・・・。
 女の子?
 いや、あまりにも作り物めいたその姿は、まるで人形のようだった。
「お紅さま・・・・・・」
 お紅さまは大きな竹椅子に座って背をもたれていた。ほとんど動くことなく、窓の外へと顔を向けている。オレは近寄ってしゃがみ込む。
 そして、お紅さまの顔をのぞき込んだ。その瞳は虚ろだ。しかし、オレの姿を視界に捉えたのか、わずかに笑みを浮かべる。
「・・・・・・キンパチ?」
 オレは思わず叫びそうになった。
「・・・・・・ネズの野郎なんかじゃないっすよ。さあ、オレの家に行くっすよ、お紅さま」
 オレは恐る恐るお紅さまの手を取ると、お紅さまは少しだけ身を震わせ、その瞳にわずかな光が灯り、ゆっくりとした動きでオレを見た。・・・・・・いや、オレを見たというよりも、視線を動かしたに過ぎない。
 その瞳は、かつての輝きは無くなってしまっている。濁ってしまっている。それでも・・・・・・やっぱり美しい。
 あの時・・・・・・はじめて見た時から、きっとオレはこいつに心を奪われていたんだと思う。

 吸い込まれそうなほど黒々とした美しい長髪、まるで子猫のように愛らしい声、白磁かと見まがうほどの白い肌、芸術品のように均整のとれた身体・・・・・・一部は非常に飛び出ているが・・・・・・そして、うるんだように輝く大きな瞳・・・・・・ころころと変わる表情、拗ねた顔、無邪気に笑って、想い人をまっすぐに見つめるそのまなざし。
 オレは、その全てが好きだったのかもしれない。

 お紅さまの黒かった長い髪は、儀式を何度も執り行ったせいで真っ白になってしまっている。儀式は、村に絶大な恩恵を与えるかわりに、こいつの身体へ途轍もない負担を強いるのだ・・・・・・生命力に満ち溢れていた漆黒の髪が、見る影もないくらいに真っ白にしてしまうほどの。
 それでも、それはまっさらな絹の糸のようで、どこか七色に輝いているようにも見えた。触れてみれば、手ですいてみるとさらさらと音が聞こえてきそうなほど細やかで、何ともいえない手触りが気持ち良く、いつまでも触れていたくなる。
 お紅さまが気持ちよさそうに目を細めたのを見て、オレは胸が高鳴るのを自覚する。意識は朧に、髪は漆黒から白亜へと。出会った時と変わり果てた姿であったとしても、やっぱり、オレはこいつのことが・・・・・・。
「失礼いたします。猿飛様、お紅さまお付の世話役たちの処遇なのですが・・・・・・」
「うるせえな!」
 突然の闖入者に、オレは怒鳴りつける。
「・・・・・・気がきかねえなぁ、大事な感動の再会シーンの最中なんだからさあ。出て行けよ、なあ。召使ごときが、目障りなんだよ!」
「は、はい。申し訳ございませんでした!」
 召使いはあわてて出て行った。邪魔しやがって。
 オレは舌打ちをすると改めてお紅さまに顔を向けた。急に大きな声を出したせいか、お紅さまの表情はこわばっているように見えた。オレはなるべく優しげな笑顔になるよう心がけて言った。
「さ、立ってほしいっすお紅さま。お引越しっす。お紅さまはついにオレのものになったんすから、同棲ってやつっす。昔のあんたは汚物に向けるような目でオレを見ていたけど、本当は照れくさかっただけなんすよね? わかってるんすよ、オレには。好きな相手には素直になれないって相場が決まってるっす!」
「・・・・・・」
 それは、どう考えても・・・・・・オレの事だ。
 お紅さまは立ち上がろうとするが、最近は足腰が弱っているようで、立ち上がろうとするその姿は見ているこっちが不安になるくらい弱々しい。
「もうすぐで立てなくなるかもしれませんねぇ」
 若様の言葉を思い出す。うるせえな、誰のせいだと思っているんだ!!
 オレはお紅さまの背中に手を添えてやりながら、手をゆっくりと引っ張ってやる。と、無事立ち上がる事ができたので、オレはほっと息を吐いた。
「・・・・・・ありがとう、キンパチ」
「・・・・・・さっきも言ったけどオレはそんなダッセー名前じゃないっすから。オレはFMS・・・・・・モリヤっす、モーリーヤー」
「・・・・・・?」
「小首傾げやがって、可愛いなぁ・・・・・・くそ」
 オレはお紅さまの手をしっかりと握り締めて歩き出した。
 今更ながら気が付く。その手が、驚くほど冷たいということに。

 今思うと、オレはなんて子供っぽかったのだろうと思う。お紅さまに対していやらしい言葉を使ってからかったり、無理やり身体を触ったり、ドスを聞かせた声で威圧して怯えさせたり・・・・・・それはまるで、気を引きたいがために好きな女の子に意地悪する糞ガキそのものだ。
 そんな大人の皮をかぶった糞ガキみたいなヤツに、村の権威を笠に着て威張り散らすようなヤツに、お紅さまが振り向いてくれるとオレは本当に思っていたのだろうか。
「着いたっすよお紅さま。ここがオレたちの愛の巣っす。愛の巣って死語っすかね? うひゃひゃ!」
「・・・・・・ん」

 どうしても、こいつにオレを見てほしかったのだ。ネズの方ばかり見ているこいつに、オレの方に振り向いて欲しかった。そして、オレはどうしてもこいつを手に入れたかった。
 だから、ネズを消そうとした・・・・・・オレの手で。
 だけどそれは失敗した。こいつが、ネズをかばったからだ。その時のことは、頭にずっとこびり付いている。
 こいつは、本気でネズの野郎のことが好きなのだとわかって、オレの心は怒り荒れ狂い、そして・・・・・・あふれんばかりの悲しみで打ちひしがれた。・・・・・・ヤケクソになってやったお紅さまへの行為を、若様に見咎められて重い罰を与えられてしまうほどに。
 お紅さまのために空けた部屋へ向かいながら、オレは自虐的に笑った。
「・・・・・・ホント、すんげー恐ろしい目にあわされるってわかってたのに、オレってば若様の前でよくあんな暴走したもんっすよね。オレは未だに覚えてるっすよ、お紅さまの胸の大きさと吸い付くような柔らかさを。うひゃひゃ! ・・・・・・はあ」
「・・・・・・」

 その後、ネズはナガムシ様によって殺され、こいつは晴れて「お紅さま」としてのお役目を果たす事となった・・・・・・・ナガムシ様によって心を壊された哀れな姿で。
 オレは、ナガムシ様を憎んだ。ナガムシ様がこいつの心を壊してしまったせいで、こいつの心の中には、ネズの居場所しかなくなってしまったのだから。ネズが死んだ今も、ネズしか見えなくなってしまったのだから。
 ・・・・・・いや、諦めるのはまだ早い。一緒に暮らしていれば、いつかオレのことを認識してくれるはずだ。オレの事を想ってくれるはずだ。
「だから・・・・・・お紅さま」
 オレたちはお紅さまのために用意しておいた部屋に入った。襖を開ければ、オレんちの広い中庭が見える。日当たりの良い、縁側のある和室だ。
 オレはお紅さまの両肩を抱き、まっすぐに見つめた。
「オレは・・・・・・」
「・・・・・・?」
 すると、お紅さまもオレを見つめてくる・・・・・・・焦点の定まらぬ瞳で。その瞳は、きっと、オレを見てはいないのだろう。
「・・・・・・へっ」
 オレは可笑しくなってお紅さまから両手を離し、顔をそらした。こんな風に正面から見つめるなんてオレらしくもない。そんな天然純情熱血野郎はネズだけで充分だ。
「・・・・・・そういえば、もうお紅さまじゃないんすよね、ノヴシゲさん。元男とはいえ、あんたみたいな姿のヤツをノヴシゲさんって男の名前で呼ぶのはやっぱ違和感バリバリっす。だけど、あんたはもうお紅さまじゃないんだ。だったら、ノヴシゲさんって呼ぶべきっすよね」
 オレはおどけて大げさな身振り手振りで頭を下げる。
「ようこそ、我が家へ! ノヴシゲさん。オレに任せてもらえれば、毎日を楽しく過ごせますんで、大いに期待しちゃってくださいっす!!」
「・・・・・・」
 その時、ノヴシゲさんが少しだけ笑ってくれたように思えたのは、気のせいだったのだろうか。
「そうと決まったら・・・・・・その服は脱いじゃいましょうか、ノヴシゲさん! あんたはもうお紅さまじゃないんすから、そんな辛気臭い着物を着てる理由なんてないっしょ、うへへ!! って、キャラが違うだろってか? あひゃひゃ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・はあ、ノリ突っ込みってのも虚しいもんすね、ノヴシゲさん」
 と言いつつオレはぼうっと突っ立っているノヴシゲさんの着物の帯をほどきにかかる。嫌なのだ。この着物を見ていると、怒りがこみ上げて来て仕方がない。どうしても若様の影がちらついてしまう。だから脱がす!
「変わりの服はもう用意してあるんすよ。いやあ、ノヴシゲさんには何を着せても似合いそうなんで、服を選ぶのが楽しくて仕方がなかったっす。なんかこう、もっと胸が強調されるような小さめのシャツとか着せてみたかったんすよね」
 まるで抵抗するそぶりを見せないノヴシゲさんに寂しさを覚えながら、オレは一人でしゃべり続ける。
 帯がほどける。赤い着物を素早く取り去ると、ノヴシゲさんは白い襦袢姿になる。生地が薄いので、肌が少しだけ透けていた。着物的にはこれが下着に当たるらしいが、オレにはそうは見えない形をしている。
「さあ、あとはこの紐を解いちゃえば裸になっちゃうっすよ~。いいんすかぁ? 抵抗しないと、オレは容赦なくひん剥いちゃう男っすよ? ま、抵抗してもひん剥いちゃうんすけどね、うひゃひゃ!」
「・・・・・・」
 それでもノヴシゲさんは何も言わないし、立ったままちっとも動こうとしない。さすがのオレもムッとして、本気で脱がしにかかる。
「ここんとこの紐を解けば~っと! そうすればほら、襟がはだけ・・・て・・・・・・」
 オレは息が止まる。視界が揺れる。目の前に、あれほど恋い焦がれていた、素晴らしく均整のとれた肢体がある。着物を内側から押し上げていた大きな胸は想像以上の美しく、まるで芸術品のようで、オレは瞬きをすることさえ忘れて食い入るように見つめてしまう。だけど・・・・・・。
 だけど・・・・・・なんで・・・・・・。
「なんでこんなに・・・・・・あざがあるんだよ!?」
 窓から入る夕日に照らされた白い肌、その絹のように滑らかな肌を穢しているかのように、青い大きなあざが身体の所々に出来ていた。
 信じられなかった。握りしめたこぶしがぶるぶると震える。耳元でギリっという音がする。それは、オレが歯を食いしばった音だとすぐに気が付く。
「ふざけんなよ・・・・・・! 若様・・・・・・・!!」
 オレは、すぐ近くにいたのに、あの野郎に・・・・・・こんなふうに扱われて・・・・・・!!
 オレは震える手で、おそるおそるあざに触れる。くすぐったいようで、ノヴシゲさんは身をよじりながら無邪気にも笑みを浮かべた。
 それが悲しくて、オレは気が付いたらノヴシゲさんの身体を思い切り抱きしめていた。はじめて抱きしめたノヴシゲさんの身体は、想像以上に小さくて、柔らかくて・・・・・・冷たかった。オレは両手の力を強めて・・・・・・嗚咽が漏れそうになるのを、泣いてしまいそうになるのを懸命にこらえる。好きな女の前で泣くなんて、オレらしくない。
 ・・・・・・ふとオレの背中を包み込むように、何かが触れた。それは、ノヴシゲさんの両手だった。そして、ノヴシゲさんは優しく微笑みながら、その小振りな唇を開いた。
「大丈夫、大丈夫だから・・・・・・泣かないで」
「・・・・・・っ!!」
 オレは堪えることが出来ずに、ノヴシゲさんをゆっくりと押し倒した。ノヴシゲさんの白い髪が、畳の上に大きく広がった。
触れ合っているところから、ノヴシゲさんの鼓動が伝わってくる。始めは微弱にしか伝わって来なかった脈動も、こうしているうちにだんだんと速く強く熱くなっていくのを感じた。ノヴシゲさんの頬が、ほのかに朱く染まっていく。それはきっと夕日のせいなんかじゃない。
「キンパチ・・・・・・うれしい」
「だからっ! ・・・・・・モリヤだって」
「・・・・・・?」
 言わせたくない!
ノヴシゲさんのその口から、またあいつの名前が出てきそうだったから・・・・・・オレは唇を塞いだ。こいつが、オレだけを見てくれていることを祈りながら。
 オレたちの初めてのキスは、甘くも儚く、悲しい苦い味がした。


 ノヴシゲさんの部屋でオレたちは朝食をとっていた。
 和テーブルをはさんでオレたちは向かい合っている。ノヴシゲさんは手元を見ながら、ゆっくり、もぐもぐと飯を食っている。相変わらず無表情だが、ほんわかとしてそこはかとなく幸せそうに見える。可愛い。例のクソッタレな着物じゃなくて、今日は黒いワンピースを着せているからか余計に可愛い。白と黒のモノクロームな対比が素晴らしい。
「ノヴシゲさんって、食べるの本当に好きっすよね」
「・・・・・・?」
 オレの言葉に反応して、ノヴシゲさんがこっちに顔を向ける。オレは思わず顔を逸らしてしまった。昨日の今日だから、ノヴシゲさんの顏を見るのは少しだけ恥ずかしい。・・・・・・クソッ、オレは初心な中学生かっての!
 昨日と言えば、ノヴシゲさんの身体に残るあざのこと。若様の話では、ノヴシゲさんはナガムシ様の力で半分は神のようになっているから、少しくらいの怪我ならすぐに治ってしまう、とのことだった。
 思い出したくもないが、オレがノヴシゲさんの頭につけてしまった傷は、普通の人間ではありえないくらいの速度で跡形もなく消え去ったので、その言葉に嘘はないと思う。
 いつ頃ついたあざなのかはわからないが、今日の朝もあざは残っていた。あの時の頭の傷の治る早さを考えれば、未だにあざが消えていないのは絶対におかしい。
「う・・・・・・」
 ドクリと心臓が大きく波打って、酷く嫌な予感が頭をよぎる。確かあの時、若様は・・・・・・。
「・・・・・・おいしい」
 オレはハッとして、声に導かれるようにして顔を上げた。そこには、変わらずもぐもぐとのんきに飯を食べ続けているノヴシゲさんのお姿。飯で頬を膨らませているその様子はまるで小動物のようにも見える。オレはため息をつくと、ティッシュを手に取った。
「そりゃうまいはずっすよ。なにしろうまい仕出し弁当を出す評判の良い店の板前を、わざわざ引き抜いてオレんちの料理人に据えたんすから。これで不味かったらあの料理人をオレの手で半殺しにしてるところっす! ・・・・・・ほら、口元に醤油っぽいのがついてるっすよ」
 オレは手を伸ばしてノヴシゲさんの口元を拭いてやる。オレがそうしている間、ノヴシゲさんはじっとしていた。たく、子供かっつーの。
「よし、綺麗になったっす」
 オレがそう言って笑うと、ノヴシゲさんも少しだけ微笑んでくれた。
「・・・・・・ありがとう、キンパチ」
 オレはガクッと首を落とす。が、すぐに頭を上げて言い返す。
「だーかーらー、モリヤですって。モリヤ。もしかして・・・・・・覚える気、ないっすか? って、あーあー・・・・・・テーブルの上にもぽろぽろこぼしてるじゃないっすか。まったく・・・・・・」
 オレは腰を浮かしてテーブルの上を布巾で拭き始める。飯粒に、漬物の人参の切れ端、焼き魚の小骨と身、納豆の粒など、ため息をつきたくなるほどのこぼれ具合だった。オレは律儀にもそれら一つ一つを拭き取っていった。
 よく考えたら、ここまでしなくても、あとで召使いに片づけさせりゃ良いだけなんだよなあ・・・・・・。
 ノヴシゲさんは、そんなオレを気にすることなく、ずずずっと、音を立てて味噌汁をすすっていた。クッソ、やっぱ可愛い。
「・・・・・・ま、いっか」
 オレは座り直すと、苦笑いしてノヴシゲさんを見つめた。そうしていると、今までに経験したことがないくらいに、胸の奥が暖かくなっていった。
 オレはニヤニヤしながら、ずっとその心地よさに浸り続けたのだった。


「さあ、ノヴシゲさん。散歩行くっすよ、散歩!!」
「・・・・・・?」
 オレが急に声を張り上げたせいか、ノヴシゲさんはキョトンとして緩やかにオレの方を向いてくる。わざわざテンションを上げてやってんのに、そう反応が悪いとまるでオレがバカみたいじゃないか。
 オレは縁側に座っているノヴシゲさんの腕をむんずと掴むと、無理やり立たせて玄関に向かう。その途中、ノヴシゲさんにコートを羽織らせた。外はもうすぐで冬本番、ちょっとした拍子に雪が降ってきても違和感がない程度には寒い。
「オレ、本当は寒いの苦手なんすよね・・・・・・」
 靴を履かせて、オレも靴を履いて外に出る。ヒンヤリとして澄んだ空気が、オレの鼻腔を通り抜ける。漏れ出た吐息がいっぺんに白くなって空気中に霧散する。都会と違って車が近くをほとんど走っていないせいで空気は澄み渡っているが、その分冷気が確実にオレたちの身体を凍てつかせる。きっと、散歩するには冷え込みすぎている。
 それでも、なんとなく重い足取りのノヴシゲさんを引っ張ってオレは歩いていく。ノヴシゲさんのこんな姿を見ていたら、歩かずにはいられない。
「そんなよちよち歩きだなんて、足腰が弱ってる証拠っす! もっと足を鍛えないとそのうち歩けなくなっちゃうっすよ! 今のままじゃ、髪も白いし、まるでおばあちゃんみたいっす! うひゃひゃ!!」
「・・・・・・」
 ちくりと胸が痛む。
 自分で言っておいてアレだが、実はシャレにならないことのような・・・・・・。
「・・・・・・だから。だから、これからは毎日散歩行くっすよ。えっ!? 一人で散歩するのは寂しいっすか? そこまで言うなら、しょうがねーからオレが付き合ってやってもいいっすよ」
「・・・・・・さむい」
「・・・・・・オレの台詞のことじゃないっすよね? てかノヴシゲさんって体温低いっすもんね。またオレが今日の夜にでも、いくらでも温めてあげるっすよ! いやあ、アツい夜でしたね、うひゃひゃ!!」
「・・・・・・」
 オレの下品な冗談を聞いても、ノヴシゲさんはやはり人形のように表情を変えない。普段のそんな姿からは想像できないほど、昨日の夜のノヴシゲさんは激しく求めてきたことを思い出す。 オレは正直驚いてしまった。あれほど淫らに乱れるとは思ってもみなかった。
 ・・・・・・若様に仕込まれたのだろうか。
 などと考えると、じりじりと胸の内を磨り潰されるような苦しみと悔しさが渦巻いて息が詰まる。顔の表皮が憎悪に呑み込まれて醜く歪んでいく。
 そして、行為中、ことさら妖艶に、甘くよがるような声で、何度も何度も、キンパチ、キンパチとつぶやくノヴシゲさんを見て、オレは自らの行為の虚しさを感じずにはいられなかった。
 若様がオレをあざ笑う声が聞こえる。
(その女は、わたくしが全てを知り尽くし、味わい尽くした、いわば食べカスのようなものです。だから言ったじゃないですか。あんなモノで、本当に良いのですかと・・・・・・ククク)
「・・・・・・いたい」
「あっ、す、すんやせん・・・・・・」
 知らず知らずのうちに手に力が入っていて、ノヴシゲさんの小さな手を強く握りしめてしまっていたようだった。急いで開放してノヴシゲさんの手を確認すると、少しだけ赤くなっていた。
 オレはノヴシゲさんの手を両手で挟み込んでスリスリと擦り合せる。オレ様のありがたい吐息を合わせるのも忘れない。こうすれば、痛みが和らいで少しは暖かくなるはず。
「・・・・・・あったかい、キンパチ」
「・・・・・・はぁ、モリヤなんですけど。よかったっすね、ノヴシゲさん」
 よし、赤くなくなったし、もう大丈夫だろう。
 ちょうどいい位置にあったので、オレはノヴシゲさんの頭をなでてやる。ノヴシゲさんは猫みたいに目を細めて気持ちよさそうに表情を緩ませた。ほっこりと長く息をはいている。可愛い。
 そういえば、ネズの野郎もよくノヴシゲさんの頭を・・・・・・。
「・・・・・・さあ、行くっすよノヴシゲさん」
 オレは撫でるのをやめてノヴシゲさんの手を掴んで歩き出す。もう二度と頭なんて撫でてやらねえ!
 それにしてもこの村は坂が多すぎる。隣の山にある寺に行く信者の為の宿場町だかなんだかしらないけど、こんな車もろくに入れないような辺鄙なところによく村を作ったもんだ。おかげで少し歩くのもダルいじゃないか。
「こんなところに人が集まるはずがないんすから、衰退するのは当然っすよね、ノヴシゲさん。それを胡散臭い神様に頼って無理やりに繁栄させようだなんていう根性が腐りきってるっす。本当に、こんな村なんて・・・・・・」
「こんにちは、猿飛様。お散歩ですか?」
 その声で振り向くと、そこには和服を着た年増女とガキの二人組が立っていた。めんどくせえヤツに見つかっちまった。オレは舌打ちをすると、ノヴシゲさんをオレの身体の影に隠しつつ言い放つ。
「あ? だからどうしたよ。オメーには関係ねーべ」
「うふふ、そのような言い方をせずともよいではありませんか。それと、大声でそのような悪口を言うものではないですよ、猿飛様。若様のお耳に入ったら大変です」
「うっせーな。てか暗にチクんぞっつってんのか? あ?」
「まさか! そんなつもりはありませんよ。ただ・・・・・・若様が癇癪を起こされると手が付けられなくなるもので。ちょっとした老婆心のつもりなのですけどね」
 余計なお世話だっつの。ああもうめんどくせえな。オレは年増(とガキ)を無視してこの場からさっさと逃げ出すことにした。
「それにしても猿飛様がお散歩とは珍しいですね・・・・・・あら?」
 が、年増女はノヴシゲさんの姿を目ざとく見つけてくる。その瞬間、年増女は絶句し、朗らかに笑っていた表情がたちまち曇り、まるでこいつに同情するかのような悲痛な面持ちとなる。
オレは、叫ばずにはいられなかった。
「・・・・・・良い人ぶってんじゃねえよ、クソババア! てめえは若様のやってる事見て見ぬ振りして、間接的に、いや、あの着物着せたりして悪事に直接加担してたくせに、こいつを憐れむような顔をしてんじゃねえよ偽善者がっ!! てめえにそんな顔する資格なんてねえんだよ、バァーカ!! 反吐が出んだよ!!」
「っ!! さ、猿飛様・・・・・・」
 オレは思いのままに言葉をぶつけると、ノヴシゲさんを抱きかかえて速攻でダッシュした。クソババアは更に悲しみの色を濃くして、それがまたオレを腹立たせる。
「じゃあなクソババア! ついてくんなよクソババア!!」
あんなクソババアが近くにいたら、せっかくの二人の甘い時間が台無しだ。オレは必死に走り続けた。
「はあ・・・・・・はあ・・・・・・」
 苦しくて息が詰まる。足がジンジンしてくる。オレの腕の中のノヴシゲさんはおとなしくしていてくれた。それが救いだった。だけど、思っていた以上にその身体は軽すぎて、まるで紙のように、雪のように、誰の手も届かないところへ飛んでいってしまいそうに思えて、オレは悲しくなった。
「はあ、ゴホッ!! ゲェ!! ・・・・・・ここまで来りゃあ、大丈夫だろ」
 オレはノヴシゲさんを慎重に降ろして、吐きそうなのを我慢して微笑みかけた。ノヴシゲさんはいつもと同じ・・・・・・いや、オレの心を見透かすように、色のない目で見つめてくる。
そう、ノヴシゲさんはわかっていたのだろう。オレもクソだってことを。
 何が悲しくなった・・・・・・だ。なにを同情しちゃってんだよ。オレだってあのクソババアと何ら変わりないじゃないか。
 オレは若様の計画にノリノリで乗っかって、こいつがナガムシ様の生け贄になるよう協力した! しかも、この手でこいつをぶん殴って・・・・・・それを踏まえればあのクソババアなんかよりもオレの方がずっと罪が重い。
「ははは、ノヴシゲさんが軽くて助かったっすよ。それにしても素晴らしい抱き心地っした! ホント癖になりそうっす! ホント今夜もまた抱いちゃおっかな? うひゃひゃ!!」
「・・・・・・」
 本当はこうやって、こいつにオレが笑いかけてやる資格なんてないんだ・・・・・・!
「さ、さあノヴシゲさん。帰るっすよ。そろそろ帰らないと日が暮れちゃいますからね。そうなったら寒すぎてさすがに散歩どころじゃないっすから」
 オレはノヴシゲさんの顔を見ていられず、手も引かずに一人で歩き出す。ある程度歩いたところで、ノヴシゲさんがちゃんと付いてきているかどうか確認するために振り向いた。
 しかしノヴシゲさんは先ほど地面に降ろした位置から全く動いておらず、オレを見ずにどこか見当違いの方向を見ていた。オレはため息をつくと、ノヴシゲさんの元へと戻り始める。
「駄目じゃないっすかノヴシゲさん、ちゃんと付いてこないと。迷子になっちゃうっすよ?」
 オレが声をかけてもノヴシゲさんはピクリともせず、突っ立ったまま同じ方角を見続けている。オレは、何故か胸が騒いだ。何かあるのかと思い、オレはノヴシゲさんに並び立って同じ方角を眺めた。
「・・・・・・あれは」
 黒く焼き焦げた物体。屋根は崩れ落ち、壁がほとんどなくなり、むき出しになったいくつもの黒ずんだ柱が虚しく立っていた。それはかつて炎に蹂躙されたのだ。そして裏切り者の末路として目せしめのために放置され続けている、一軒の家。
 ノヴシゲさんは何も言わず、ただそれを見つめている・・・・・・。
「駄目っす、ノヴシゲさんっ!!」
 オレはノヴシゲさんを抱き上げると、またしても逃げ出した。
 逃げる、逃げてばかりだ。さっきのクソババアからも、自分自身の罪からも、若様からも、ノヴシゲさんの身体の状態についても、何もかもから逃げ続けている。あれがあの野郎の家だったなんて、わかるはずがないと思いながらも、現実にオレはあそこから逃げ出してしまったのだ。
 オレの両腕から伝わるノヴシゲさんの体温は冷たい。その身体は、羽のように軽い。オレはノヴシゲさんがオレの元から消え去ってしまわないように、力の限り抱きしめた。
「・・・・・・雨?」
 オレの頬に触れる一つの雫。空を仰ぎ見ても雲一つなく、沈みかけた太陽が人も空も大地も赤く染め上げている。
「・・・・・・キ、ンパチ・・・・・・どこ?」
 オレは、その雫がどこから生まれたのか、それを考えることすら逃げ出して・・・・・・赤い、あの儀式を象徴するような色から逃れたくて、ただただ懸命に走り続けた。

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