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束縛スル里

川沿いの苔むした瓦礫の森

「こちらが今回ご案内させていただく・・・・・・謎の廃墟です」
 
 先頭を歩いていた満月さんがこちらを振り向き、得意げに言った。
「謎の廃墟ってどういう事ですか?」
 キリコがやや不安げに満月さんに問いかける。
「それがですねぇ、ネットで調べてみてもここの廃墟が元々何に使われていたのかなど全く情報がないのです。わたくしもここを通りがかった時にたまたま見つけたくらいでして。まあ百聞は一見にしかず、とりあえず入ることといたしませんか?」
「そうっすよ、こんなとこでぺちゃくちゃしゃべっててもしょうがないっす! とにかく入るっすよ! 入るしかないっすよ!!」
 FMSくんがもう辛抱ならんといった感じに駆け出して、僕の身長くらい高さのある門をするりとくぐった。その後をペケ蔵さんがやれられといった感じに苦笑いして歩き出す。その手には高そうなカメラが握られている。すでに僕の視界から消え去ったFMSくんの「スゲーっす!」という叫び声が耳に届いた。僕らも思わず顔を見合わせて苦笑いしてしまった。
「それではわたくしたちも行くとしましょう」
 満月さんのその声を合図に、僕らも謎の廃墟とやらに足を踏み入れた。
  門をくぐりすぐ右側に見えたモノがこの廃屋だ。向かって左側の部屋は今では扉が失われてしまっているが、赤錆の支配するボイラー室があり、そして右側の大きく開け放たれたドアの向こうにはタイル張りの湯船があった。

 窓ガラスが割れ、床にはガラスが散乱していた。その中を緑色のカビやコケたちが白いタイルをまだらに染めている。中に足を踏み入れるとチャリチャリとガラスの音がした。僕の後ろからネズがぬうっと入り込み、狭い空間をさらに圧迫する。
「・・・・・・。入ってすぐの建物には風呂場とボイラー室・・・・・・」
 ネズが釈然としない表情でそうつぶやいた。
「うん、なんか変な感じするよね」
 キリコが僕らの後ろから顔だけを覗かせて言った。
「ま、とにかく他の建物も見てみよう」
 僕はそう言うと風呂場とボイラー室のある廃墟から出る。

 すると見えたのはいくつかの小さな廃屋と、二階建ての大き目な廃屋だった。
「とりあえず小さいほうから行ってみようか」
 僕の提案にネズとキリコが頷く。

 敷地内に4棟ほどあった小さな廃屋は、近くで見てみると裏側が半壊していたり、残骸だけが積み重なって明らかに全壊しているものもあった。その中でも比較的崩れていない棟を選んで覗いてみることにした。

  川沿いで湿気が多いからだろう、先ほどの風呂場だけでなくこの廃屋の中も緑色が深く浸食していた。壁や押し入れ、戸を見るにおそらくは畳の部屋だったのだろうが、今では見る影もなく落ちた天井や床下の梁や草木と木の葉などが堆積している。
「・・・・・・。こっちには普通の部屋があるんだな」
 ネズはそうつぶやきつつ、左奥に見えるお風呂場へと入っていった。
「僕らも見に行ってみようか、キリコ」
「うん」

「さっきのお風呂場より狭いねえ」
「・・・・・・。そうだな」
 同じくタイル張りで色も同じであるのだが、先ほどの風呂より明らかに狭い作りとなっていた。それに・・・・・・。
「・・・・・・。気が付いたか、ノヴシゲ」
「ああ、シャワーがないな」
 この廃墟が放棄された時にもしかしたら取り外されてしまったのかもしれないが、少なくとも今の状態から鑑みるに、かつてシャワーが取り付けられていたようにはとても思えなかった。
「こっちも見てみてよ、ノヴシゲ、ネズ」
「こ、これは・・・・・・便所!?」

 キリコの声で振り向いてみると、そこには古めかしい和式便所があった。僕は素早く番所の前に立つと上から見下ろした。
「へえ~、ボットン便所なんだ。なつかしいなあ、今時無いよなあ! うおわあああ!」
 ボットン便所・・・・・・なんてすばらしい響きなのだろう。その音の響きから感じるどこか原始的で汚れたイメージは実物を見ても予想を裏切らない。まさしくウンがボットンと落ちる極めて明快で清々しいネーミングだ。改めて考えてみると「ボットン便所」と名付けた人は天才だと思う。僕はボットン便所の穴を凝視する。底はうかがえない。頭の奥の意識がくらりと飛んでいって穴の中に自然と吸い込まれてしまいそうだ。吸い込まれた先。いる。なにかいる。なにがいる? そんな気がする。潜んでいる気がする。息をひそめて、僕を仲間にしようと待ち構えている。その深淵に。僕を。引きずり込んで。忘れてしまったなにかを。どこかに落としてしまったなにかを。そいつが持っているかもしれない。だから僕は、トイレが好きなのだ。ボットン便所が好きなのだ。この胸に湧き溢れる暖かく懐かしい気持ちはなんなのだ。きっと嬉しいのだ。かつての記憶に近づけるのだ。明確になるのだ。閉じられた記憶をこじ開ける切っ掛けになるのだ。深い深い暗闇に潜むそいつは僕が大事にしていたものをきっと持っているに違いないのだから。
「・・・・・・。なにをそんなに興奮しているんだ?」
「ノヴシゲ、ブツブツ変な事つぶやいてるけどかなり気持ち悪いよ?」
 ネズとキリコが不審そうに僕を見ている。
「うるさいなあ、いいじゃん興奮したって。僕は廃墟だけじゃなく大正明治などの歴史的建造物を中を見た時は必ずトイレを確認するんだ。気になってしょうがないんだよ。トイレを見ると、当時の暮らしの素の姿が見えてくるようで。だから、トイレだけじゃなく台所を見るのも好きだな。やっぱりさ、水周りっていうのは当時の人々の暮らしぶりを象徴しているような・・・・・・」
「・・・・・・。そうだな」
 ネズがめっちゃいい笑顔をして僕の肩を叩いた。
「そんなことより見てよネズ。このトイレ、トイレットペーパーを着けられるヤツがないよ」
「そんなこととはなんだキリコ!!」
 僕は憤慨した。
「・・・・・・。トイレットペーパーホルダのことだな。確かに着いていた形跡はないな・・・・・・」
 ネズよ、お前も無視するのか。お前だけは他の有象無象の連中とは違うと思っていたのに。残念だよ。お前もボットン便所の深淵に仲間入りさせてやろうか。
「ということは、かなり古い施設だったのかもねー。見た感じ、キャンプ場みたいな感じがするね。小さい廃屋はコテージでさ」
 僕は怒りを抑え、キリコの意見に同意するように頷いて言った。
「川に沿うように作られてるしな。とはいえ川の位置が結構低いから川に降りるのは大変そうだけど。それにしても、満月さんは謎の廃墟なんて大げさに言ってたけどさ、僕もキャンプ場跡なんじゃないかと思うなあ」
「・・・・・・。もう一つ大きい建物の廃墟があるから、そっちに行ってから結論を出しても遅くないんじゃないか?」
「そうだな」
 僕らは小さな廃屋をあとにした。

 次は二階建ての廃屋だ。とはいっても一階部分はピロティとなっていて壁は無くいくつかの柱が立っている構造だ。一階にはこの廃墟が生きていた時に使っていたであろう机やらなにやらが無造作に置かれている。とはいえ、特に興味の湧く物がなかったので、一階部分の捜索はそこそこに、二階へと上がってみることにした。
「とにかく中に入ってみよう」

 階段を上って真っ先に目に入ったのは黒鍵の崩れ落ちた古いオルガンだった。メーカーはヤマハ。これほど朽ち果てていたら音はもう出ないだろう。オルガンのわきにはドラムまで落ちていた。僕は思わず首をかしげた。
「なんでこんなところにオルガンがあんの?」
「そーなんすよねー、それもオレが疑問っていうかー」
「わっ!?」
 突然聞こえた声に驚いて僕は声のした方を振り向くと、そこにはやっぱりというかなんというかFMSくんにペケ蔵さん、Χくんの三人が立っていた。
「と、突然話しかけないでくれよ、心臓に悪い」
「へっ? さっきからすぐそばにいたんすけどねー。ね、ペケ蔵さん」
「ま、まあそうかもね」
「ペケ蔵さんの歯切れが悪いんだけど」
「ホントなんなんすかねー。オルガンにドラム・・・・・・プログレが好きで、オルガンとドラムを使って演奏していたんすかね?」
「プログレ?」
 キリコが小首をかしげる。
「しらないんすかプログレ? プログレッシブロックって言って1960年後半から一世を風靡した音楽のことっすよ。キングクリムゾンとかピンクフロイドとかELPとかYESとか知らないっすか?」
 キング・・・・・・なに? するとΧくんがこれ見よがしにため息をついた。
「知ってるわけがないじゃないですかそんな古臭い音楽。だいたい1960年なんてボクらが産まれてもいないんですからね。それをわかって言ってるんですか?」
「うるせー古臭いって言うな! 聴いたこともないお前なんかにプログレの良さがわかってたまるかバーカ!」
「ええ聴いたことないですが聴かなくたってわかりますよたいしたことない音楽だって。今ではまるで人気がなさそうですし。それにミジンコ程度の知能しかないカスにバカと言われてもなんとも思いませんね。ていうかあんた本当に年上ですか? 精神年齢低すぎて一緒にいるのが恥ずかしいんですけど。同じ空気さえ共有したくないんですけど。バカがうつると嫌なんでさっさとおうちに帰ってくれません?」
「い、言わせておけば・・・・・・テンメー!! ぶっ飛ばすぞゴラァ!!」
「ハァー・・・・・・まあまあ二人とも。こんなところまで来てケンカしたらつまらないと思わないかい?」
 さて、二人を仲裁しているペケ蔵さんには申し訳ないが、バカどもは無視して先に進もう。
 それにしてもプログレかあ。なつかしいなあ・・・・・・なつかしいのか? なんでそう思うんだろう・・・・・・うちの親父がプログレを聞いていた時期があったのかもしれない。ま、どうでもいいか。

「・・・・・・。床が抜けているな」
「ああ、危ないからこれ以上は進まない方が良いかもしれないな、姉貴」
「ええ、わかっているわ、一磋」
 いつの間にか近くにいたのか一磋さんと海清さんがやたらと優雅な雰囲気をまといながら廊下に立っていた。美男美女って羨ましいね。決して綺麗とは言えない廃墟内の空気がやたら爽やかに感じるもの。二人にはプラズ〇クラスターでも着いているのだろうか。まるで空気清浄器。海清さんは貴いから尊敬の念を込めて空気清浄貴と呼ばせていただこう。綺麗で気品があるから空気清浄姫でもいいな。ヒゲのほうは忌まわしいから空気清浄忌とでも呼んでおこう。心の中で。
「ノヴシゲくんたちもこれ以上進むのはよしておいた方がいいぜ。危ないからな」
 空気清浄忌はそう言って親指で部屋の中をくいっと指した。確かに床が抜けてしまっては命に関わる・・・・・・。
「そうですね。残念ですけど、ここから中を眺めるだけにしておきます。ネズとキリコもそれでいいだろ?」
「・・・・・・。ああ」
「うん、そうする」
「美しい朽ち具合ね」
 空気清浄貴もしくは空気清浄姫がうっとりとした表情でつぶやく。ええ、僕もそう思います。
「うへへ、あそこを見てください。天井が崩れて太陽の光が漏れていますよ。夜、あの穴から洩れる月光を肴に日本酒を一杯やったらさぞかし美味いことでしょうなあ」
 恍惚とした・・・・・・ニヤケ顔とも言える表情で、穴山さんはお猪口を口に運ぶような動作をした。気持ち悪いから無視しよう。
「この部屋はいったい何に使ってたと思う?」
「・・・・・・。宴会部屋じゃないか?」
「まあそんなとこだろうなあと僕も思うんだけど」
 なんとなく釈然としないんだよな。
「これでここの廃墟は大体全部見たじゃない? そん中で台所がどこにも見当たらなくてさ、この宴会場を彩るごちそうはどこで作ったのかなあって」
「すぐ近くに集落があるし、そこから調達してたんじゃないの?」
 キリコはそう言うが、やはり釈然としない。
「うーん・・・・・・そうかもしれないけど・・・・・・」
 オルガンとドラム。それらの存在もどうにも気になってしょうがない。FMSくんとΧくんが未だにギャアギャア騒いでいることも気になってしょうがない。
「ね、わたくしの言った通り謎の多い廃墟でしょう?」
「満月さん」
 満月さんが会話に割り込んでくる。なんだかやたらと得意げだ。満月さんにしろ空気清浄忌にしろ穴山さんにしろさっきからあんたら突然現れるね。幽霊かっつの。
「わたくしの情報網を持ってしても詳細が掴めないのですから、きっとこの廃墟はいわくつきなのですよ。新興〇教の施設だという噂もあります。とにかく、廃墟がブームとなったこの時代にこれだけ情報がないのはおかしいのです。あり得ないのです。あり得るとすれば、誰かがこの存在を意図的に隠そうとしているか・・・・・・もしかしたら、巨大権力組織の圧力により、人々の口に封をし、情報が統制され、存在が抹殺されてしまったのかもしれません。」
「そ、そんな大げさなものですかね・・・・・・?」
 僕は呆れ気味にそう言うと、満月さんが口元に手を添えて声を潜めた。
「それがですね、わたくしはその証拠を見つけてしまったんですよ」
「証拠って・・・・・・どんなです?」
「ククク・・・・・・それでは皆様方、一度入り口に戻っていただけますか?」
 満月さんは邪悪な含み笑いを浮かべると、歩き出した。みんな釈然としない顔のまま、満月さんの後ろを着いていく。

 そうして最初の門の近くにたどり着いた。
「さて皆様方。門の脇をよーく見てください。なにがありますか?」
 門の脇?
 僕とネズは門の脇に生えている木に近づいて行く。よく見てみたら、なにかテープのようなものが・・・・・・。








「「あ」」










 

 コレハヤバイネ。

 皆の思いは同じだったのか、廃墟に背を向けてそそくさと退散しはじめた。
 触らぬお上に祟りなし、だ。

 その中で、僕だけが立ち止まる。
 そういえば、僕は何のためにこんなところに来たんだっけ。
「忘れ物、見つかりました?」
 笑顔のユリカちゃんが急に話しかけてくる。そうか、僕は忘れ物を探しに来たんだっけ。
「・・・・・・ユリカちゃんか。いや、残念ながらまだなんだ」
「そうなんですか。早く見つかるといいですね。あたしも、ノヴシゲさんの忘れ物が早く見つかるよう祈ってますから」
「ありがとう」
 ユリカちゃんは良い子だな。そんなユリカちゃんのためにも、はやく見つけたいものだ。
 その時、僕らの横をハイキングの格好をした人々が通り過ぎた。遠くの方にも別のハイヤーがいるのが見えた。僕は疑問に思って満月さんに問いかけた。
「もしかしてここってハイキングコースになってるんですかね?」
「ええ、近くにはJ馬山がありますからね、登山する方々がここの道を通られるんですよ」
「へえ~、さすが満月さんは物知りですね」
 僕がそう言うと、近くを歩いていたハイヤーがなぜかぎょっとしたようだった。僕が視線を向けるとそそくさと顔を背けた。なんだよ、そんな態度とらなくたっていいだろ。僕らが何をしたっていうんだ。
 僕は忘れ物を探しているだけだ。
 ただ、それだけだ。
 待っててくれ、***。
 絶対に僕は・・・・・・。

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