感性とはいったい・・・・・うごごごごご こんばんは。 店たたんで姿消したい愚腐弟です。 創作意欲ってどうすれば湧いてくるんでしょうね。 最近、なんだかやる気が出ないです。 オルニチンでも飲むべきなんでしょうか。 なにしろシジミうん百個分ですからね。 以前の職場にいる時は、環境が劣悪でストレス溜まりまくりだったのですが、今思えばその鬱憤を創作意欲に変換していたのか色々なアイデアが湧いていたようにも思えます。 今の職場は(前の職場にくらぶれば)天国に近いので、厳しく追い立てられるような、心をすり減らすような焦燥感や危機感が足りなくて心が刺激されないのかもしれません。 それに、最近は自分の感性が恥ずかしいモノのように思えて仕方がないです。 もしかしたら、既に気持ちが枯れているのかも・・・。 そこでこの「エ〇ブリー」 創作活動をしていてもフローランブーケの香りがし 寝る前に飲むととてもリラックスでき 柔軟剤が配合されているので頭も柔らかくなって 日頃からいいパフォーマンスに繋がっている気がします 超有名プロ野球選手推薦のニュージェネレーションのエナジィィ飲料です 僕も「〇ンブリー」を飲んで頭を柔らかくして頑張りたいと思います 拍手コメを返させていただきます。 > 匿名の者様 ゲスMSくんが一途ですと・・・!? 言われてみれば、あのENDであんな状態になったノヴシゲでも受け入れるゲスMSは、確かに一途なのかもしれません・・・。 ということでなんだか僕の創作意欲が刺激されたので、需要があるのかはわかりませんがちょっとそこらへんの小話を書くかもしれません。 匿名の者様のコメントの丸パクリになりそうですがご容赦ください(笑) PR
詫びMS しばらくネタ更新出来ないお詫びにFMS描いたんですけど…ささっと描きですみません…。 自分の絵をずっと見てるとゲシュタルト崩壊起こして何がなんだかわからなくなってきます(´Д`) ちなみにFMSにご投票頂いた皆さんは、ネタはシリアスなのとギャグなのとどっちがいいですかね? もうそろそろ浴衣シーズンですねえ。 この頃は男性でも甚平などではなく浴衣を着てくれる人が増えたのでわたくし大喜びです。 しかし男性諸君に一つお願いしたいことがあります。 浴衣を着る時のアンダーウェアは是非ふんどしでお願いします。 しゃがんだり何かをした際にちらっとトランクスとかボクサーパンツが見えたら興ざめです。 女子のパンティが見えた時に履いていたのがベージュのおばちゃんパンティだったらガッカリしませんか? それと同じです。 え?じゃあ、↑のFMSはふんどし着用ですかって? 当然です。 FMSくんのおうちは伝統に厳しいのです。 諸君 私はふんどしが好きだ 諸君 私はふんどしが好きだ 諸君 私はふんどしが大好きだ 祭の純白ふんどしが好きだ 水泳用の赤いふんどしが好きだ 相撲のまわしが好きだ ふんどし姿の女の子も好きだ 平原で 街道で 塹壕で 草原で 凍土で 砂漠で 海上で 空中で 泥中で 湿原で この地上で行われるありとあらゆるふんチラ行動が大好きだ 諸君 私はふんどしを 精悍なふんどし姿を望んでいる 諸君 私に付き従う大隊戦友諸君 君達は一体何を望んでいる? 更なるスルスルキャラのふんどし姿を望むか? 情け容赦のない歪みねえふんどしイラストを望むか? 鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様にふんどしからはみ出す陰毛を望むか? よろしい ならばふんどしだ …はっ(゚д゚)! いけない、フェティシズムを語っていたら熱くなってしまった…。 こうね、人体描く練習で満月さん以外の全キャラのふんどし姿描きたいよね。 もちろん女キャラもね! いきなりそれやったら引かれるかもしれないから一応フェチをアピールして前置きしときます。 いつかやらかすかもしれないです…いつか。 拍手お返事です↓ >名無しさま 大好きと言って頂けてとても嬉しいです(´∀`) 渇望~を作った当初はここまで長年引っ張って何かやるなんて思ってもみなかったです…。 こんな辺境のブログにお越し頂いてネタにまでお付き合い頂きどうもありがとうございます! ホモっぽくするつもりは無かったのですがいつのまにかそっちの方向に…。 >匿名の者さま キリちゃんはダメな男を放っておけないタイプなんだと思います…(;´∀`) ネズのこともかっこいいとは思っててもキリちゃんの母性本能をくすぐるタイプではなかったんでしょうね…。 恋のライバル(?)だとしても、お互いの出方を見つつ慎重になってそうです。 …もしかしたら大学時代に仲が進展しなかったのもそのせい? 私はシリアスよりギャグ書いてる方が気持ちが楽なので、どちらかというとネズネタの方が手抜きしちゃった感が強いです('A`)
ネズの小ネタを投稿しました バドです。 ネズの小ネタを投稿しました。 あれ…?かっこいいネズが書けないと苦戦してたらギャグテイストになっちゃった…(´∀`;) ミドルノートが堅かった分の反動かもしれないです…。 これまで出てこなかった近遺研の他メンバーも出てきましたが、実は渇望で「近遺研メンバーは6人で、他はマサユキ、小松、大助」だったのに、束縛で私が勘違いして「ノブユキ、小松、大助」で書いてしまっていた事実が発覚したために、「マサユキとノブユキは双子で、入れ替わりに入ってきた」という苦しいこじつけになりました……。 名前の元ネタがわかる方には何がなんやらですね……。 反省してます、はい('A`) さて、アンケートの方でいつの間にかネズ、ペケ蔵の次がFMSになっていたので、早速FMSのネタに取り掛かりたいところなのですが、実は7月に習い事の発表会がありまして…;; これからその稽古と準備に色々と時間を取られてしまいますので、取り掛かれるのがその後になってしまうかと思います。 早くて8月初旬くらいになるでしょうか…? FMSファンの方々をお待たせしてしまい申し訳ありませんがどうかお許しください……(´;ω;`) 代わりに愚腐弟が何かやってくれないかなあ…… 余談ですが時間の合間の短時間に出来るという放置系RPGのウィザードリィスキーマをダウンロードしてみました。 いくつもパーティ作ったりキャラメイク出来たりするのでスルスルキャラパーティも作ってみたのですが、遺伝特性の選択肢に「ゲス」というものがあったので、くんさきさん実況動画で「ゲスMS」と呼ばれていたFMSに付けてみました(´∀`) 弱ってる敵に積極的にとどめを刺す?みたいな能力でしたが、避けられてるあたりFMSらしいというか……。 私自身は可愛い感じの(?)FMSばっかり書いてる気がしますが、変幻六花編の性欲丸出しゲスMS好きなんですよね……。 あれは私には書けない……というか、書いてみようと思ったら間違いなくきわどい表現ラインを超えてしまい18禁コースになりそうです(´・ω・`) 拍手お返事です↓ >匿名の者さま 「自分はイケメンだから周りから根も葉もない噂を立てられたり僻みを受けて困る」なんてこと、他人にはなかなか相談しづらいでしょうし、ネズは黙って耐えてそうですね…。 ミドルノートのご感想もありがとうございました! いつも細かい点にもお気づきになって下さるので、逆に書いている私の方が「なるほど、そういう見方もあるのか!」と感心させられる次第です。 それだけ色々考えて下さったり感じてくださるのが作者冥利に尽きますです(´∀`)
時間を飲むもの ※近遺研時代のお話です その夜は何故か寝付けなくて、何度も寝返りを打っていた……。 外も比較的静かで、枕元の4個の目覚まし時計の秒針がカチカチ言う音だけをずっと聞いてたんだ。 早く寝付きたかったから、とりあえず頭の中で稲の数を数え始めた。 そのまま30分くらいは過ごしたな。稲の数は912本まで数えた。 そこで、ふと気が付いたんだ……。秒針の音が止んでいることに。 俺は電池が切れたのかと思って起き上がって目覚まし時計の一つを手に取った。やっぱり秒針が止まっていた。だが、不思議なことに他の3つも同様に秒針が止まっていたんだ。 同時に電池が切れるはずがない。俺は、何かが起きているんじゃないかという予感がして、ベッドから起き上がった。 とりあえずテレビでも付けてみようかと思ったら、付かないんだ。部屋の電気も同じだった。 停電かとも思ったが、窓から見える外の明かりは付いたままだった。だが、信号機の色は、赤からずっと変わらないように思えた。 それを確認する為に、俺はベランダに出てみた。窓はスムーズに開いた。 そこで、びっくりするような光景を見たんだ。 外の道路上の車は、全て止まっていた。それどころか、歩道を歩いている中年男性も、右足を前に出す歩く姿勢の途中で固まっていたんだ。 さながら、時が止まった世界だ。動的な姿勢をしているのに、動を感じない……。ベクシンスキーの絵みたいな静寂と退廃を感じる空間だった。 どうしてこんなことになっているんだ……? 混乱する俺の目に、唯一動くものが映った。 アパートの前の道路の向こうから、腰をかがめた丸い背中の人物がこちらの方へ向かって歩いてきていた。一歩一歩の歩幅が狭いので、ゆっくり、ゆっくりとだが、確実に俺のアパートへ近づいてくる。 ぞっとするものを感じた俺は、部屋の中に戻ろうと思った。 しかしちょうどその時、街灯の明かりの下に入ったその人物の格好が見て取れた。 顔は覆っているフードのようなもので見えなかったが、全身が赤黒い汚れで汚れていた。そしてその手には、街灯の光を受けて光る……草刈り鎌があった。 思わず驚きの声を挙げてしまった俺に気付いたその人物は、俺の方に顔を向けた。 「■△×○▽■◎!!」 そいつは俺に何かを言った。 何を言ったかはわからない。顔も見たはずだったが、今は覚えていない。 気が付いたら朝だったんだ。目覚まし時計は全部いつも通りに動いていた……。 「そりゃあ、夢だよ! 夢!」 赤い顔のノブユキがネズの肩をバンバンと叩く。ネズは黙々とビールを飲んでいた。 ネズの話の要点をまとめると、寝ようと思ったら時間が止まった世界になって、その中で唯一動ける不気味な何者かと目が合った、というような話になるが、確かにノブユキの言う通り夢としか思えない。大真面目で話すから、ノブユキのように笑い飛ばすことに一瞬躊躇ったけど。 大助は手元のビールを開け、ネズに手渡しながら言った。 「珍しくネズが長々としゃべるからどんな話かと思いきや、夢の話か。まあ、実際自分がそんな夢みたらおっかねえかもしれないけどさ」 「……夢じゃない」 ネズはいつものように落ち着いて否定したが、そんなはずがない。 「時間が止まるわけないじゃないか。AVじゃあるまいし」 僕がついそう言うと、キリコと小松の2人が冷たい目線を僕にくれた。 「信繁……なんでそこで一番にAVが出てくるの?」 「あ、いや、わかりやすいかと思って」 キリコに問い詰められてついそんな言い訳をしてしまった。何がわかりやすいのかさっぱりだ。ああ、女子2人の目が痛い……。 「そうだよな! ネズ、なんでそこで女の子のところに行かなかったんだよ! もったいねーな」 お調子者のノブユキは更にその話を広げようとしてくる。 「……。……そんなこと全然思いつかなかった……」 ネズは大助から渡されたビールを一気に煽った。目がトロンとして半開きになっている。 「根津くんはそんなもの観ないもんね! やっぱりイケメンは違うよねー」 小松が言うと、ノブユキはむっとした顔で反論した。 「それは違うぞ。どんなイケメンだろうがAVを観ない男はいない! ネズは信繁が大好きだからちょっと変わってるだけだ!」 僕はブッとビールを噴き出した。 「何でそこで僕が出てくるんだよ!」 あああああああビールの炭酸が鼻に逆流ううぅぅぅぅぅうう!! 痛い! 痛すぎる!! 僕は悶絶しながら咳込んだ。 「……」 おいっ……! ネズも顔を赤らめるなよアホがッ!! 「大丈夫か、信繁?」 大助だけが僕を気遣ってくれた。キリコも怪訝とした顔のまま僕とネズを交互に見ているだけだ。 僕らは、近遺研のメンバーで群馬県の廃ホテルを見に行った後、部長のネズの部屋で撮ってきた写真を見比べながら飲み明かしていた。ノブユキが居酒屋に行く金が無いとぼやいたからである。 ちなみに今のメンバーは同い年のこの6人だけである。ちょっと前までマサユキという奴がいたが、無理矢理シフトを入れられるブラックバイトに引っかかりこちらの活動には出られなくなったので、代わりに双子の弟のこのお調子者のノブユキが来るようになった。大助だけは一浪なので一学年下になるが、今年僕らが卒業してしまったら存続の危機だ。まあ新入生を入れられず解散になってもそれはそれで……というマッタリした雰囲気ではあるのだが、先輩達に申し訳ないような気がしないでもない。 ようやくビール逆流の苦しみから解放されてきたのでちらっと時計を見た。10時を回っている。明日は月曜日だしそろそろ解散した方がいいかもしれない。 「んじゃ、俺達はそろそろ帰るわ」 と、思っていた矢先にノブユキが立ち上がった。それに合わせるように自然と小松も立ち上がる。なんだかんだ言ってこいつらはデキているのである。非常に腹立たしいのである。帰るとか言いつつ解散した後は2人でどっかにバックレる気マンマンである。 「じゃあ、俺も帰るわ。俺ん家の近くはバス無くなるの早いし」 大助も立ち上がった。 「信繁とキリコはどうする?」 さて、僕も帰った方がいいだろう。と、思ったのだが……。 「わたしはもう少し飲んでくね。ネズ、いいでしょ?」 「……ああ」 キリコが意外に粘るので、このまま帰ってはいけないような気がした。僕が帰ったらネズとキリコが2人きりである。いけない。それはいけないであろう。ネズはもてるが女の子に関しては朴念仁である。それでも酔った2人に間違いが起きないとは言いきれない。 「じ、じゃあ僕ももう少し残るよ!」 近遺研からこれ以上リア充を出すまいと、僕も粘ることにした。そう発言してから、もしかして既にキリコとネズがデキていたとしたら僕は完全なるオジャマ虫だったのでは……?と不安になったが、キリコが嬉しそうに笑顔を返してきたので少し安心した。 ノブユキと小松、大助の3人がいなくなると、ネズの部屋は急に広くなったように感じられた。 「……ねえ、そういえばこの前、新宿で満月さんにバッタリ会ったの」 満月さんを知るのが僕らだけだからか、キリコは3人になった途端にそう言い出した。 「へえ、満月さんってこっちに住んでる人だったんだ」 「あ、そこまでは聞いてなかったけど……。ほら、あの格好でしょ? お巡りさんに囲まれて困ってたみたいなの。だからわたし、この人は怪しい人ではないですって言ってあげたの」 「ああ、あの格好じゃなあ……」 納得と言えば納得なのだが。キリコは話を続けた。 「その後、お巡りさんがとりあえず身分証明書を見せてくれって満月さんに言ったのね。で、満月さんが……わたしはよく見えなかったんだけど、免許証か何かを見せたの。 そしたらね、急にお巡りさん達が顔色変えて、『お役目、ご苦労様です!』って敬礼して去っていったの! わたしビックリしちゃって。満月さんに、『お仕事、何をされているんですか?』って聞いたら、『公務員……みたいなものですよ、フフ』って笑って人ごみの中に入ってっちゃったんだよね……。本当にあの人って謎が多いね……」 「なんだよそれ……。満月さんってお巡りさんがビビるような立場の人なのかよ……」 「……。……ペケ蔵さんにその身分証を見せたら、満月さんの正体がわかるのかな……」 そんな風に楽しく白寿島に行った時のメンバーの話をしていたら、あっという間に30分が過ぎていた。 「キリコ、そろそろもう帰った方がいいんじゃないか?」 女の子だし、あまり遅く帰すわけにはいかないだろう。もちろん出来るだけ送って行ってあげるつもりではいるが。 僕がそう言うと、キリコはちょっと首を傾げたのちにネズに向かって言った。 「ねえ、ネズ。明日1限からなんだけど、泊まっていっちゃダメ? ネズの家からの方が近いし」 「え!?」 キリコの大胆発言に僕は驚いて声を出してしまった。当のネズは酔って真っ赤な顔をしたまま表情を変えなかった。 「……いいぞ」 良くないだろ! 「いやいやいや、それはちょっと……まずいだろ! ワンルームに男女2人きりで夜を過ごすというのはその、インドにおけるカーマ・スートラを教義とした……」 僕が慌ててよくわからないことを口走ると、キリコはにっこり微笑んだ。 「ネズと2人きりが駄目なら、信繁も泊まっていけばいいじゃない」 「……え?」 「……。……俺は一向に構わないぞ。狭い部屋だし客用の布団は一式しかないが、それでもいいなら」 な、なんだっとぅええええええ!? い、い、一式の布団でキリコと……!? そうだ、その方がいいな! キリコとネズの2人きりで間違いがあったら困るもんな! 下着の着替えなんてコンビニでも手に入るし、それでいいな! うん! 「じゃ、じゃあ、僕も泊まっていくよ!」 僕は固くこぶしを握り締めて答えた。 ……。 ……。 ……何故、僕はキリコと一式の布団で一緒に寝るのだと思ってしまったのか。 客用の布団は当然のごとくキリコが一人で使い、僕はネズと、ネズのベッドで男同士共寝することになった。 ま、まあ、それが当たり前ですよね……。ははははは……(乾いた笑い)。 「おやすみー」 部屋の電気が消され、キリコは僕らに背を向けて布団の中にもぐりこんだ。ちなみにキリコはメイクを落として初めてすっぴんを見せてくれたが、ちょっと眉毛が乱れただけで充分に可愛かった。大事な情報をゲット出来たし、これはこれでよしとするか……。 「おやすみ……」 シングルベッドに男2人。ああ、なんて狭苦しく暑苦しいんだ……。今更だけど、毛布だけ借りて床で眠ればよかったんじゃないか? ネズは僕に背を向けて寝そべったが、筋張ったうなじが間近で見えてちょっとドキドキす……るわけないだろうがっ!! 僕もネズを避けるように背を向けて寝た。それでもうっかりするとケツとケツが触れてしまいそうでヒヤヒヤする。 ああ……ぬくい……ネズのぬくもりが……。 ……ってか布団の中の湿度高ぇ……。 一日動き回って疲れたのでさっさと寝てしまいたいのだが、先に眠りについたらしいネズがモソモソ動く度に僕は居心地の悪さを感じた。 今からでもベッドから降りて床で寝ようか……。 そう思った時に、パシャッというシャッター音に気付いた。なんとキリコが携帯を僕らの方へ向けて写真を撮っていた! 「な、なにしてるんだよキリコ!」 「あっ……面白い光景だから友達に見せようかと思って……」 酔っ払ってるキリコは時々悪ふざけが過ぎる。 「やめろよ! それ絶対腐ってる友達だろ!! 拡散されてネタにされるからやめろ!!」 僕はベッドから起き上がってキリコから携帯を奪って画像を消去しようとした。生徒会長とのホモ疑惑をかけられた中学時代の苦い思い出を繰り返してはならない! 「やだぁっ……冗談だって! ……あっ」 キリコから携帯を奪おうと思った行動は、そのまま彼女を布団の上に押し付けるような体勢となった。 酔ったキリコ、酔った僕。 キリコの長い髪が布団に広がる。キリコは驚いた表情のまま僕を見つめ返した。 「……」 「……」 僕が唾を飲み込む音が、妙に大きく聞こえた。文字通り目と鼻の先に、キリコの顔がある。体の中でムクムクと何かが盛り上がっていくような感覚。 いいのだろうか? 僕はそこから先に踏み出していいのだろうか? 「……きっ…キリコ!」 「……ねえ、静か過ぎない?」 「……へ?」 キリコが不意にそんなことを言い出した。そんなことどうでもいいじゃねーか早く続きを……と思ったが、確かに妙に静か過ぎるような気がした。外から車の音が全く聞こえなくなっている。それに、カチカチやたらうるさかったネズの枕元の4つの目覚まし時計から秒針の音がしない。 先ほどのネズの話を思い出した。僕はネズの方を振り返ったが、ネズは僕らがこれほどバタバタ音を立てていたのに熟睡したままだった。 部屋の電気を付けて、時計が動いているのか確認しよう。しかしスイッチを入れてみたが、何度切り替えても全く点灯しない。 「さっきのネズの話……」 キリコが不安そうに言った。 「まさかぁ。たまたまだよ。外に変な人でもいるっていうの?」 僕はキリコの不安を拭ってあげる為にベランダに出てみた。 「……!?」 目の前に広がる光景がにわかに信じられなかった。 アパート前の歩道を歩いていたらしき男性と、その傍の犬の足が上がったまま静止している。車も同様だ。しばらく見ていても信号は変わる気配もない。 ネズの語った光景、そのままだった。全てが止まった世界。耳の痛くなるような静寂。 ……そういえば。 ネズは、その中で唯一動く者があったと……。 僕は、まるで絵画か写真のように動かないフレームの中で、小さな影がのそっと動いたのを見た。 曲がったような腰。ヨタヨタと歩く細い2本の足。フードのようなものを目深にかぶっているようで顔は見えない。服はあちこちが黒っぽく汚れていた。いや、黒ではない。赤黒く、血の乾いたような色だ。 手には何か白っぽいものを持っている。さっきネズは何を持っていると言っていたか……! 「jkhのす;ssdlm!」 突然影の人物は、金切り声で叫んだ。 僕は恐ろしくなって急いで部屋の中に戻ってベランダの戸を閉めた。 「ど、どうしたの信繁……!?」 「ネズの言った通りだ……。みんな止まってる……。 なのに、一人だけ、動いてる奴がいる……! 鎌を持った、小さい奴が……!!」 「え……!?」 キリコは信じられないと言った顔で口を覆った。 「ネズ! 起きろ! ネズ!」 僕は眠ったままだったネズを揺り起こした。何度か揺するうちにネズはうなり声をあげながら目を覚ました。 「……。……なんだ?」 「お前が言ってたみたいに、時間が止まってるんだ! でもって、よくわかんない気持ち悪い奴がこっちに向かって歩いてきてて……!」 ダンッ! ダンダンッ! 突如鳴り響いた扉を叩く音に、僕ら3人は凍りついた。 ダンダンダン! 動けないまま何もしないでいると、竦む僕らをかばうように、起き上がったネズが前に出た。 「あ、開けるのか……?」 僕が言うと、ネズは小さく首を振った。 「この世界で動けるのがあいつだけ……。だとしたら、これもきっとあいつだ……。あの鎌と返り血を見たか……? ……絶対に開けちゃいけない。今のうちに、外に逃げよう……!」 「でも、ここは2階だろ!? 飛び降りれない高さじゃないかもしれないけど、キリコだっているし……」 「……ベランダに避難はしごがある。それを使おう」 何度も扉がダンダンと叩かれる音が響く中、僕ら3人はベランダに出た。とはいえ避難はしごなど使ったこともない。躊躇していると、ネズが手早く蓋のようなものを開け、スイッチを入れてはしごを下ろした。 「キリコ、先に行けよ」 僕がキリコを促すと、キリコは戸惑いながら頷いてはしごを降りていった。スチールのような素材で出来ているとはいえ、吊るされただけで下が固定されていないはしごを降りるのは怖いらしく、あまり運動神経の良くなさそうなキリコは恐る恐るゆっくりとしか降りられなかった。 ダンッダンッダンッダンッ! 扉が壊れそうな音だった。焦燥感に襲われながらも、キリコが1階に降りきるのを見届ける。 「信繁、次はお前が行け」 「いや、でも……」 「俺はお前達の靴を取ってくるから、先に……」 「靴って……玄関だろ!? ドア開けられて襲われたらどうするんだよ!」 「……ちょっと取ってくるだけだから。靴も無しに走って逃げるのは大変だろう? ……早く!」 僕はここでこれ以上モタモタしていても仕方ないので、ネズに心を残したままはしごを降りることにした。足場の細いはしごは僕の体重でゆらゆらと揺れて安定しなかったが、半ばまで降りてくるとそのまま飛び降りてキリコの傍に寄った。 「ネズは?」 「靴を取ってきてくれるらしい。とりあえず少し離れていよう」 僕はキリコの手を取ってアパートの敷地内ギリギリまで離れることにした。とはいえ敷き詰められた駐車場の砂利の上を靴無しで歩くのは厳しいものがある。僕はベランダが見える位置まで行って、ネズが降りてくるのを期待した。あいつがやられるはずがないんだ……。 「信繁!」 僕の期待通りに、ネズは姿を見せてくれた。その時、 ドッガアァァァッ!! ドアが破られる音が鳴り響く。僕は全身の血の気が引くのを感じた。 「ネズッ! 早く!!」 僕はたまらずに叫んだ。ネズは僕達の姿を見つけると、そのまま空に…… ……え? 靴を三足抱えたまま、ベランダから空に舞い上がり……膝を柔らかく使って、手を地面に付くこともなく着地した。 「待たせたな……」 そして僕らのところへ駆け寄り、スニーカーを放って渡してくれた。 クッソ……かっこいい……! 前にほんの気まぐれで近遺研のメンツで3on3をやった時のことを思い出す。長身を生かし高校時代バスケ部だったというネズの華麗なダンクシュートを目の前で見て、何故自分はこのような体に生まれてこなかったのだと悲しく思いながらも見惚れたのだった。しかしその公園のコートは実はダンクシュート禁止だったらしく、後で管理者に怒られたというオチが付くのだが。 「何をボーっとしてるの信繁! 逃げましょ!」 キリコにどつかれて僕は慌てて受け取ったスニーカーを履いた。 「kんごあでょsmsかlkjf!!」 奇声に目をやると、ベランダに例の鎌を持った人物が現れていた! 「まずい! 行こう!」 すぐにスニーカーを履きたかったが、ハイカットのコンバースがそれをさせてくれなかった。ああ、よりによってなんて靴を履いてきてしまったんだ……。仕方なくハイカット部分を折り返して、ろくに紐も結ばずにつっかけた。 走る。走る。 止まった世界の中を、一体僕らはどこに逃げようというのか。逃げおおせたとしても、時間は再び動き出すのだろうか……。時間が動き出さなければ、僕らは一体どうなってしまうのか……。 息が苦しくなってくると、不意にそんなことが頭を過ぎってくる。そもそもどこまで走ればいいのかわからない。あの人物の足はそこまで速くないように見えたが……。 「一度、この陰に隠れようよ。走り続けたって限界がある」 僕は2人に、コンビニ脇の細い路地に入ることを提案した。ダンボールやら色んなものが置いてあったので隠れるのには適しているように思えた。 「……そうだな、そうしよう」 後ろを振り返り、あいつが見ていないことを確認すると、路地に入った。やや奥まで入ると、散らばっていたダンボールを積み重ねて姿が見えないようにバリケードを作った。 「はあ……はあ……なんなんだよあいつは……。一体どうなっちゃったんだよ……!?」 僕は思わず頭を掻き毟った。汗で服がまとわりついて不快だ。バリケード内に隠れてはいるが未だに追いかけられているという焦りは抜けない。 「一体何が起きてるの……? わたし達、これからどうすればいいの……?」 「……」 僕達が思い思いの言葉を口にする中、ネズは押し黙って何か考えごとをしていた。 「そうだネズ、お前はどうやってここから元の世界に戻ったんだっけ?」 「……どうやっても何も……。あいつに気付かれて、何か怒鳴られて……気がついたら朝だ」 「あー、夢かよマジで……。どうすりゃいいんだよ……」 「……」 何も解決策が浮かばない。あいつのあの血まみれの服装と鎌を見るに、あいつに捕まったらあの鎌でズタズタに引き裂かれて殺されてしまうんだろう。僕らのようにこの世界に迷い込んだ人間を片っ端から捕らえて……。 恐ろしい。考えただけで足が竦む。 「……。……あの声、どこかで……」 ネズがそう呟いた時だった。 「kskgんごdjfぢそkms!!」 「……!」 あの耳をつんざくような奇声が聞こえた。バリケードから覗くと、あいつが僕らのいる路地の入り口に立ってこっちを見ているではないか! 「うわああああ!」 僕は驚きのあまり、積んだバリケードにぶつかりながらも奥へと逃げようとした。 しかし、先ほどつっかけたままだったコンバースがもつれて、その場に派手にずっこけてしまった。僕は地面に手を付きながら、もう二度とハイカットのコンバースは買うまいと決意した。 「……信繁!」 先に逃げ始めていたネズがそんな僕を気遣って振り返る。 「ネズ……! 先に逃げろ!」 僕がそう言ったのに、ネズはキリコに隠れるように促してから、僕のところへと駆け寄ってきた。 ちくしょう……イイヤツめ……。だからむかつくほどのイケメンだけど憎めないんだよ……! ネズは僕の手を取って引き起こそうとしてくれた。その時、 「ksjfん;あいにdjjsj!!」 ガキイイイィィン! 「ぎゃあああああああっ!!」 目の前にあいつが投げてきた鎌が突き刺さって、僕は悲鳴をあげてしまった。まずい、腰が抜けた。ちびらなかっただけマシだが、本気で立てなくなった……! 振り返ると、あいつが曲がった腰でヨタヨタと僕の方へ近づいてくる。 「ね、ネズッ! 立てない! 助けてくれぇ……!!」 情けないが、僕はネズにそう懇願した。しかしネズは、真顔で硬直していた。 「何やってるんだよネズ! 早くしろよッ!」 人間、本当の命の危機に陥ると浅ましいものだ。それでもネズは僕を助け起こそうとはせず……僕の目の前の地面に刺さった鎌を抜き取って、その柄を見て声を震わせた。 「……。 ……この鎌の柄に刻まれた、『チヨ☆』の文字……。 ……まさか、ばっぱ!?」 「……は?」 「……へ?」 僕とキリコが冷めた声を出すと、ネズは自分からあの腰の曲がった人物に駆け寄って行った! 「ばっぱ!」 「ksjdl!!」 なんと、ネズとあいつはひしっと抱き合った。 い、一体何が……!? 何が起きてるのかさっぱりわからん……! 「kdjlkjkdlm、kdんksj、dびgんlsksjぁ?」 「ああ、オラだば元気だ。くたにおがったど(ああ、俺は元気だ。こんなに大きくなったんだよ)」 「kjgdljms? げkjmしmskjg?」 「なんもだ。ただの友達だ。今は大学でホウリヅやっでら(この子は彼女でも好きな子でもないよ。ただの友達だ。今は大学で法律を勉強してるんだ)」 「んgkdjsn、skjsb、klsんlvsj……」 「ばっぱもかわんねェな(ひいばあちゃんも昔のまんま変わらないなあ……)」 あいつは、フードを……あ、よく見たらフードじゃなくて頭からかぶった手ぬぐいだった。その手ぬぐいを取り去った。下には、日に焼けて色黒の柔和そうな老婆の顔があった。 ばっぱ……ってことは、まさか、ネズのおばあちゃん……!? でもなんでこんなに血まみれで、僕達を追いかけてきたりしたんだ……!? それに、ネズの言葉はまあ、なんとなくわかるけども……、おばあちゃんのしゃべっている方言は何なのかまるで聞き取れない。日本語の発音とは思えなかった。 「ネズ、どういうことなの? 説明して……」 ネズとおばあちゃんが話しているのをしばらく呆気に取られて見ていると、キリコが僕の傍に寄ってきてそう言った。 ネズは、そっと振り返って僕らにそのイケメンフェイスを見せると、わかりやすく標準語で語り始めた。(※ただし標準語で話すとものすごく遅いので簡潔にまとめてみた) このチヨばあちゃんは母方の曾祖母で、ネズが6歳の時に稲刈りの帰り道に交通事故で死亡している。 実はその時、稲刈りを手伝っていたネズと手を繋いで歩いていて、そのネズをかばうようにして軽トラに轢かれたらしい。 轢かれながらおばあちゃんは、子供の頃から美少年で利発だったネズの行く末を見られないことをかなり無念に思ったということだった。 大きくなったら長谷川一夫ばりの美男子になるに違いない。それを見られずに死んでいくのが口惜しい……。 あと、やっぱり遺影用に撮った写真でピースなんかするんじゃなかった……。 その時、おばあちゃんの意識の中に常日頃から熱心に拝んでいた阿弥陀如来が現れて、おばあちゃんの意識を『時間の切れ間』に飛ばしてくれたということだった。 この『時間の切れ間』は時間を輪切りにしてったもので、阿弥陀如来はおばあちゃんに、その切れ間の中で動き回ったり、切れ間から切れ間に飛んだり、自由にしていられる能力を与えてくれたようだ(そんなバカな)。なんでも阿弥陀如来は時間の制約を受けない仏様らしい。 遺影の写真は阿弥陀如来でもどうにもならなかったようだが、かくして、ネズの行く末を見たいというおばあちゃんの願いは聞き届けられた。その能力を手に入れたおばあちゃんは、ネズの成長を時間の切れ間切れ間で見守ったり、いじくり回したりしたらしい(やめろよ)。 ところが、どういうわけか最近ネズがその切れ間に飛び込んでくるようになった。それがあの夢(?)の正体だったようだ。もしかしたら4つも目覚まし時計があることによってそれぞれの秒針の微妙なズレを感じてネズの周りの空間が不安定になり、切れ間に落ちるようになってしまったのかもしれないということだった(だったら時計屋はどうなるんだよ)。 そんなわけで、再び切れ間に落ちてきたネズや僕らを、元の時間の流れに戻してやろうと現れたのだということだった。 「jhgdshk、kさklkjn、dlsjkぃjみ、kdkjlskjh」 「……最近はAV業界の奴等がわざとこの切れ間に入り込んできて撮影しようとするからいちいち送り返してやるのが面倒くさい、と言ってる」 「あれ、やらせじゃねえのかよっ!」 僕は鋭くツッコミを……。ツッコミを……入れるのも、もう疲れた……。 どうやら、服が血まみれだったのはチヨおばあちゃん自身が車に轢かれた時の血だったらしい。なんて人騒がせな。ドアをぶち壊してきたりするからすげー怖かったんだぞ! ドアをぶち壊……あれ? おばあちゃん……?? 「おばあちゃん、初めまして。才原霧子です。根津くんとは大学で仲良くさせてもらってます」 キリコが挨拶したが、チヨおばあちゃんはツーンと顔を背けた。そして僕を見て……何故か目をキラキラさせて手を握ってきた。が、ガサガサした手だ……。 「……信繁、気に入られたみたいだ……」 嬉しくねえええええええええ!! 「あ、ど、どうも……のぶしげです……」 僕は作り笑いで挨拶した。チヨおばあちゃんは頬を紅潮させて僕の頭をなでなでしてきた。はうぅ……あたまはよわいんだよぉ……。 僕のおばあちゃんとは似ても似つかないタイプだけれど、なんとなく安心してしまう。きっと小さかった頃のネズはこのおばあちゃんが大好きだったんだろう。そのおばあちゃんが目の前で自分をかばって轢かれたわけだから、ネズはきっと心の底にそのトラウマを抱えて生きてきたに違いない。こんなシチュエーションではあるが、おばあちゃんを見るネズの表情は心底嬉しそうだった。 「jhskl、kjhlsl、jhfbsdjんhslkhfs」 しかしふと、おばあちゃんは急に真面目な顔つきになり、ネズに何かを言った。 「……何て?」 キリコが聞くと、ネズはシリアスな顔になっていくつかおばあちゃんとやりとりをし、僕らに向き直った。 「……この時間の切れ間と切れ間の間で『揺らぎ』が起きているらしい。だから色んな人達が簡単に迷い込んでくるようになったんだと言ってる。 時間の流れっていうのは光の速さに付随してくものだが、その光をも……空間をも歪めるような恐ろしく重い質量の存在を時々感じるそうだ……」 「え? どういうこと?」 「……」 ネズはじっと押し黙って空を見上げた。街の明かりに照らされて星の一つも見えないような、灰色の空を。 「……とにかく、ばっぱが阿弥陀如来の力を借りて俺達を元の時間の流れに戻してくれるそうだ。ばっぱの言うことに従ってくれ」 ネズの指示に従って、僕らはおばあちゃんの前に集まった。 「jhbぁshltmk、kしんls、mkdhslんs」 「……。……よし、そうしたら信繁、背を向けて鼻の穴に二本の指を突っ込み上半身だけこちらを向けて『げっちゅー』と言うんだ」 「……」 僕はジト目でネズを見た。 「……何をしてるんだ信繁。早くやれ。これは戻るのに必要な儀式だそうだ。かの親鸞聖人もそうやって如来とコンタクトを取ったらしいぞ」 「ぜったい嘘だろッ!!」 僕はそう訴えたが、おばあちゃんはにやにやと笑いながら僕を見ているし、ネズは至極真面目な顔だった。キリコは肩を震わせて笑いを堪えている。 くっ、くそババアめ……僕がやらなきゃいつまでも帰してくれないんだろうな……!! 僕は屈辱に顔を歪ませておばあちゃんを睨みつけながら、ゆっくりと後ろを向いた。怒りで震える指を鼻の穴に突っ込み、そのまま体を捻って振り返る。 ああ、なんでこんな役回りなんだ! 「……げ、げっちゅー☆!!」 その瞬間、僕らはまばゆい光に包まれた。 な、なんか魔法使ったみたいで案外カッコイイ……!? 僕らはどこが上とも下ともとれぬ、重力の制約を受けない空間に投げ出された。 (元気でな……。おめ達の時間は、オラが守る……) こ、こいつ、直接脳に……!? 光に包まれていく中で、チヨおばあちゃんが最後に僕らに見せてくれた優しい笑顔が、僕の脳裏に焼きついた。 気が付くと、ネズの部屋で朝を迎えていた。 窓の外からは行き交う車の音や生活音が飛び込んでくる。なんの変哲も無い朝だった。音が聞こえてくるということがこれほどまでに安心感を与えてくれるのか、と、天井を見上げたまま思った。 あれは夢だったのだろうか? ……いや、違う。僕は自分が靴を履いていたことで夢ではなかったのだと確信した。そしてそのまま、横で眠っていたネズやキリコに声を掛けて起こした。 キリコは頭が痛そうに起き上がり、ネズは起きてもしばらくずっと正面を見据えて動かなかった。きっと僕と同じで、あれが夢だったのかそうでなかったのか自問自答しているのだろう。 「……あんな体験、信じられないけど、現実なんだな」 僕の言葉で、2人も確信したようだった。 「……。……そうだな」 「やっぱり夢じゃなかったんだ。無事に戻って来られてよかったね。一時はどうなることかと思ったけど」 キリコは安堵の笑みを浮かべた。本当にそうだ。おばあちゃんが化け物などではなくて本当に良かった。あんな世界に生き続けるのもごめんだし。 そう考えながらふと、死んだ後とはいえあの世界にずっと居続けるチヨおばあちゃんの孤独を考えた。自分以外が全て止まっている世界。一時的に止められるだけならともかく、永遠にそれであるのはやはり寂しいのではないだろうか。 ……いや、あのおばあちゃんならこれまでも楽しくやれていただろうし、これからもきっと楽しくやれるのだろう。そこへたまにネズが訪ねて行ってあげられるのならば、もっと喜んでくれるはずだ。 「でも、ネズはこれから先でも行こうと思ったらいつでも行けるんじゃないかな。時間の揺らぎってやつは、まだ続いていくわけだろ? 目覚まし4つ全部かけて寝てればいいわけだし、たまにおばあちゃんに会いにいくのも楽しそうだよね?」 AV業者もそうやって何度も来ていたらしいしな。 僕がそう言うと、ネズは目を細め、意味ありげな表情で笑った。 「……時間の揺らぎ……か。 ……。……何度も、行くことになるかもしれない。一人で戦うなんて無茶過ぎるからな……」 「え……? 戦う……?」 ネズは、窓ごしに空を見上げた。まただ。一体空に何があるというのか。おばあちゃんとネズの会話のほとんどがよくわからなかったから、ネズが何を考えて空を見ているのかさっぱりわからない。 「……。……こうして普通の時間の流れに戻ってくると、日常がどれだけ大事かよくわかるな……」 「どういうことだよ? ま、まさか、自由に行き来できるようになるからって、あの空間を悪用したりしないよな? 時間を止めて僕を好き勝手にいじったりしないでくれよ?」 僕はふざけてそう言ったが、ネズは微笑みを返してくれただけでそれ以上は何も言わなかった。
ミドルノート 後編 ◆ バス車内に貼られた広告に映る深緑の山並みを見て、何故だか懐かしい気持ちに捕らわれる。 昔から山は好きだった。山へ足を運ぶとどんなに陰鬱な気持ちでも晴れたし、街育ちであるのに山村の廃墟には不思議と懐かしさを覚え、好んで写真を撮った。 懐かしさ。そう、懐かしさだ。 稀に、江戸時代のような古びた様式の建物に囲まれた石畳を走り回る夢を見る。夢の中で自分は小さな女の子になっていて、姉に手を引かれながら嬉しそうにしているのだ。そんな僕らに、着物を着た女性が遠くから声をかけてくる。顔までははっきりとは思い出せない。その夢を見て目覚めると郷愁をそそられ、再びその夢のまどろみの中に落ちていきたい気持ちになったものだ。 建物や、女性が着物を着てる様子から、現代のものとは思えない光景だった。おそらく、大正か、昭和初期か……それくらいの時代が舞台の映画か何かを、きっと幼い頃に観たのだろう。そのイメージが鮮烈に脳に焼き付いて、自分のことであったかのように思い出されるに違いない。僕には幼少期の記憶がほとんどないから。浮かんでくるのは、殴られて痛いという記憶と、泣いている自分の姿だけだ。 ……そういえば、いつから僕は泣かなくなったんだろう。 今でもこんなに苦しくて、泣けるものなら、泣いてしまった方がスッキリしそうなものであるのに。 最寄の停留所に着くと、自宅マンションまでの帰路を急いだ。普段ならばすぐ傍のスーパーで食料を買い込んでいくのだが、それよりも家に守也くんがいるのかどうかが気がかりだった。 結局守也くんからメールの返信は来なかった。 それゆえ、僕は彼までも殺してしまったのかもしれないという不安に煽られて、帰宅出来るような時間になるまで気もそぞろでいた。助かったのは、ヒラが課長に僕の体調が悪いようだと口を利いてくれたことだ。それで早退させてくれるような生易しい職場じゃないが、僕が心ここにあらずといった状態であっても周りが配慮してくれた。 マンションに近づくにつれて、動悸が激しくなる。どうか、彼までも手にかけてしまったなんて悪夢が現実のものとなりませんように。 マンションの窓の明かりが無数に見える位置まで来て、僕は少しほっとした。僕の部屋の電気が点いていたからだ。もしかしたら、来ているのかもしれない。彼はきっと生きている。 いや、安心は出来ない。僕が単に電気を消し忘れて出てきたという可能性もある。僕は小走りでエレベーターに乗った。このエレベーターはこんなにも遅かっただろうかと、切り替わる階数表示を見ながら焦れる。 13階までたどり着くと、僕は廊下に誰もいないのをいいことに全速力で自分の部屋の前まで走った。 走りながら鞄から取り出した鍵でドアを開ける。 靴を脱ぎ捨ててリビングのドアを開けた時、そのソファで寝転ぶ守也くんの姿を見た。 「あ、オジャーシッテあーす」 全身で溜息を吐いた。 守也くんは僕のそんな様子を見て表情を焦りの色に変えた。 「な、なんすか!? 今日オレ来たらまずかったっすか!?」 僕は鞄を床に下ろし、ジャケットを脱ぎながら首を振った。 「いや、……そういうわけじゃないんだけど……」 ああ、生きている……生きている……。 自分が再び過ちを犯したわけではなかったことがわかり、肩の力が抜けた。冷や汗でべたついた体と倦怠感を払拭したくて、今すぐにシャワーでも浴びたい気分だった。 しかし、夜食の材料の買出しをしてこなかったので、食べるものが何も無い。 「……また、おごりを期待して来たのか?」 「あー……ハハッ、いいエフェクターを見つけたんっすよー。それに仕送りとバイト代つぎ込んじまって……。あ、そーそー、携帯も止められちゃったんでマコっさんに連絡できなかったんすよー」 「……なんだ、そういうことか……」 まったく情けない。そしていいようにたかられる僕も情けない。情けないが、今日はむしろ彼が生きていることに感謝して逆に奢ってやりたい気分だった。 とはいえ時間も遅いし、疲れきってレストランなどに行く気も起きなかった。 「もう今日はコンビニめしで勘弁してくれよ。……というか、エフェクターなんか買う前にちゃんと弾けるようになれよ……」 「うっす! オレ、形から整えないとやる気起きないタイプでー」 やれやれ。……まあ、不器用なようだが彼の左手の指のマメを見る限り練習はきちんとやっているのだろう。僕の部屋に来てもボイストレーニングの為に筋トレを欠かさない姿勢にも好感が持てる。普段の生活はだらしがないが、好きなことになら本気になって努力出来るタイプなのだろう。 ……ああ、そんなことで甘くなっていいように利用されてしまうんだな、僕は。 容疑者の言葉を簡単に信用してしまったり、同情してしまったり、何度失敗して上司に怒られてきたかわからない。もっと威圧的に話さなければ馬鹿にされてしまうぞとも言われたが、この歳までに形成されてしまった性質はなかなか変えようがない。 2人で近くのコンビニに向かい弁当の買い物を済ませると、マンションへ戻る道すがら、肉まんを手にした守也くんが怪訝とした顔でいた。 「マコっさん……」 深刻そうな顔で守也くんが呟く。 「こっちのコンビニってもしかして、肉まんに酢醤油付けてくれないんすか?」 「は? 酢醤油? ……そんなの無いよ。何か付いてくるなんて聞いたことないけど」 「オレんちの方だと肉まんに酢醤油とかカラシが付いてくるのは当たり前なんすけど……。こっちは違うんすね……。 なんかすげーカルチャーショックっすよ。酢醤油付けない肉まんなんてうまくないっすよマジで!」 なるほど、彼の地元の方ではそんな売り方をしているのか。こっちでは何も付いてこないのが当たり前だが、もしかしたら各地域によって色々と付いてくるものなのかもしれない。 「酢醤油くらいうちで用意出来るから、な?」 しかし、肉まんに酢醤油というのも聞くだけで美味しそうではある。守也くんに分けてくれと言うのも何なので、今度機会があったら試してみるか。今度、という自由な未来があとどれくらい残されているのかわからないが。 リビングに戻ると、テレビを付けて弁当をテーブルに広げた。さすがにチャンネル主導権は僕にあるので、すかさずニュースに切り替えた。フィッチ・レーティングスが日本の格付けを「安定的」から「ネガティブ」に変更した、など、震災等も関連した暗いニュースが続く。 ニュースを聞きながら、『廃村で遺体発見』や『女子中学生が行方不明』等のニュースが無いか、若干緊張する。緊張はするが、逃してはいけない情報だった。 「なんかアレっすね。この先日本どうなっちゃうんっすかね」 テレビを観つつ、カルビ丼を頬ばりながら守也くんが言った。 「そうだなあ……」 日本どころか、自分の明日すらわからない。このまま逃げおおせられるとは限らないし、僕自身が呵責の念に耐え切れるかどうかもわからない。 幕の内弁当の中の漬物をつまんでふと箸を止めた。 そういえば一人で漬物工場の廃墟に行ったことがあった。食材が放置されたまま腐乱し、とんでもない異臭を放っていて、とても長時間いられないような酷い有様だった。あの時は気絶してしまいそうなほどの刺激臭に我慢できなくて僕もすぐに立ち去ったのだった。 サリちゃんは便所の汲み取り口に押し込んだが、あの漬物工場の漬かったままの漬物の中に置いておくだけでも人の足を遠ざけることが出来たかもしれない。あんな臭いのする容器をわざわざ開けようとする者もおるまい。死臭をも紛らせてくれそうな悪臭だった。もし次があるのなら、あそこに……。 ……次? 次だなんて、何を馬鹿なことを。 次などない。あの一度だけで充分だ。サリちゃんの肉を貫く感触。体にかかる生暖かい血液。目を閉じれば今でも鮮烈に浮かんでくる。サリちゃんの目から光が消えた時の、あの、全身を貫くような……快感。 ……快感だ。 「マコっさん」 ハッとした。守也くんが僕の箸の先の漬物を見ている。 「コンビニ弁当あっためると漬物も熱くなんの、すげー嫌っすよねー」 「……そうかな? あんまり気にしたことなかったな……」 「いやー、やっぱ冷たく冷えた漬物をアツアツのご飯で食べるのが最高っすよ! 漬物付けるならマヨネーズの袋とかみてーに別にしといて、あっためる時は外すべきだと思うんすよね、オレは!」 「はは、変なところで渋いよな、守也くんは」 細身の割になかなか食べ物に対して執着心もこだわりも強い。しかしながら奢った方としては美味しそうに食べる様子を見せてくれるのは嬉しい限りだ。 そうだ。僕はこうやって力強く生命力に溢れた行動を見るのが好きなのだ。動物も植物も人間も、僕の身の回りで生きているのだと思う瞬間に喜びを感じる。愛しく、尊さを感じる。 父から暴力を受け続けていた日々、泣きながら庭の植物の成長を見て心を慰めていた。父に植物を愛する趣味は無かったので、きっと母が植えていったものだろう。それを花井さんが、枯れないように上手に手入れしてくれていた。きっとその頃からだ。僕がそういった周りの生き物に愛情を感じるようになったのは。 以前付き合っていた彼女は小食だった。彼女が物を残す様子を見る度に、僕は残念な気持ちになっていた。僕は彼女の体形に対してそのままで充分だと言っていたのに、彼女はいつも『もっと痩せたい』『こんな太い足じゃイヤ』と口にしていた。別れたのはそれが原因というわけでもないし、僕はどちらかと言うと振られた方だが、今思うとそうやって僕の前で自然体でいてくれないことに若干の悲しみを覚えていたのかもしれない。 しかし…… そうやって得られる喜びが、必ずしも『生きている状態』から得られるものではなかったとしたらどうだろう。 僕のこの感情は『生命活動そのもの』に対する憧憬ではなく、『生命』に対する憧憬であったら? 生命力を愛するがゆえに、生命が尽きる瞬間にもっともその生命の崇高さを感じて喜びを得られるのだとしたら? 僕は、サリちゃんを刺した時と、守也くんを殺す夢を見た時に体中を駆け巡った感情の正体を掴みかけているのかもしれない。 ◆ サリちゃんを殺してから、2週間が経った。 何の捜査の手も及んでいないが、もしかしたら一般家出人として扱われたのだろうか。それとも前々からプチ家出などを繰り返していたりして、親が今回もそれだと思って捜索願を出していないのだろうか。いや、特異家出人だとみなされて捜査が始まっていたとしても、未成年の場合は友人や先輩の家で見つかることが多いから、まだそれらを当たっている途中なのかもしれない。あれこれと不安は尽きない。 唇の端に出来た口角炎を気にしながら、僕は出前で取った海鮮丼を口にしていた。サリちゃんを殺した直後はあまり食が進まなかったが、最近は割と食べられるようになった。若干顔がやつれたとヒラに指摘されてからはなるべくチョコレートなどの甘いものも摂るようにしている。 「最近自分、肉が食えなくなってきたんですよね」 隣のデスクでヒラが愛妻弁当のミートボールを箸で挟みながら言った。 「まだそんな歳じゃないだろ」 僕も以前ほどは脂っこいものや肉類に執着が無くなり海産物が好きになってきたが、僕より若いヒラが言うと若干嫌味にも感じてしまう。 「うまい肉ならいいんですよ。でも冷凍食品の肉じゃ味気ないですよ。毎日だからなあ。 しかもカミさん、家で魚料理あんまりしてくれないんですよ。グリルを洗うのが嫌だとか、魚に包丁通すのが嫌だとか、手に生臭い臭いが付くとか」 「作ってもらえるだけでもカミさんに感謝しろよ。こっちからしたら手作りってだけで羨ましすぎるぞ」 「いや、結局自分のなんて子供の弁当のついでなんですよ! 最近はなんでも子供優先です! だからおかずもみんな子供向けで量も少ないし……。ミートボールですよ? 小学生じゃないんだから……。 自分も海鮮丼食べたいですよ。明日は弁当断って出前取ろうかなァ」 何を言っても僕には贅沢な悩みにしか聞こえない。以前だったらそんなヒラの幸せそうな話を妬む気持ちは起きなかったが、今の僕には遠い幸せに見え、苦々しく思った。 ……そういえば、花井さんの作る料理は絶品だったしバランスも良かった。運動会などの日は、父に代わってお弁当を作って朝から来てくれたものだ。さすがに、僕より2つ年下だという息子の運動会とかぶった日には来てくれなかったが、それを詫びる申し訳なさそうな目を今でも忘れられない。 そうだ。こうして考えてみると、僕の理想の女性は花井さんに近いのかもしれない。ポジティブで、家庭的で、痩せすぎもせず太りすぎてもいない健康的な体つき。気取るところのない丸みを帯びた顔が笑うと、朗らかな気分にしてくれる。これも一種のマザーコンプレックスなのかもしれないと思って自嘲した。 なんだか妙に花井さんに会いたい。 大学を卒業してからは、お中元やお歳暮のお礼の電話を交わしたりするくらいだ。最後に会ったのは昨年の父の葬式だったが、変わり無さそうに……もちろん父の死を悼む表情はしていたけれど、『坊ちゃん、気丈にね』と逆に僕を気遣ってくれた。 そうだ。食事にでも誘ってみようか。明日にも容疑者として逮捕されてしまうかもしれない身だ。花井さんに会って、話がしたい。花井さんと話せば、もう少し前向きにものを考えられるようになるかもしれない。 一通りのデスクワークを終え、帰宅の準備を終えると、僕はいてもたってもいられずに署の廊下で花井さん宅に電話をかけることにした。 廊下の長椅子に腰掛け、呼び出し音の鳴る携帯を耳に当てていると、何人かの同僚が帰宅の挨拶を向けてきたので軽く手で返答した。 『はい、花井です』 電話口に出たのは、若そうな男の声だった。おそらく、花井さんの息子さんだろう。一度だけ花井さんを介して会ったことがあったが、あの大らかな花井さんの息子とは思えないほど神経質そうな顔つきで、僕に対しては不遜な態度だった。 その時のことを思い出して若干嫌な気持ちになりながらも、花井さんの声を聞けばそんな気持ちも晴れるだろうと言葉を続けた。 「筧と申します。恵子さんはご在宅でしょうか? 以前、家政婦さんとして来て頂いてだいぶお世話になりました」 『……』 相手の男は受話器越しに聞こえるような息を吐くと、少し間をおいて僕に告げた。 『母は半年前に亡くなりました』 「……え?」 言葉を失った。 僕が何も言えないでいると、男はぞんざいに電話を切ろうとする。 『そういうわけなので、それでは』 「ま、待ってください! 元気そうだったのに、一体どうして……!?」 『……癌ですよ。膵臓癌でした。わかったときにはもう手遅れでした。 ですから、もう我が家に電話をされても困ります。では』 男は次は有無を言わせず電話を切った。ツー、ツー、という話中音だけが鳴り響く中、僕はあまりの衝撃に電話を切ることが出来なかった。 花井さんが、半年も前に亡くなっていた? 父の葬式では元気そうだったのに? ……いや、本当に元気だったのだろうか。落ち着いた様子は葬式の雰囲気ゆえかと思っていたが、もしかしたらあの時も体調が悪かったのだろうか。少し痩せて顔に影が出来たとは思ったが、それは年齢を経ただけだと思っていた。僕は、喪主としての忙しさにかまけて、花井さんの変わった様子に気付けなかったのかもしれない。 それでも、あれほどの生命力に満ち溢れていた人がこんなにも突然に亡くなるなんて信じられない。好きな俳優の出るイベントに行くのだ、今度出演している映画の試写会に行くのだ、など、彼女は60歳を過ぎた歳でありながらいつも未来のことを楽しそうに語っていた。その彼女の未来が、既に絶たれていただなんて。 ああ、悔しい。 悲しいよりも、悔しい。花井さんの変化に気付けなかった自分が、花井さんの死を看取ることが出来なかったことが、葬儀に全く呼ばれなかったことが、息子から冷たい態度を取られたことが、たまらなく悔しい。 心の奥底にあった大きな支えが突然消滅して空洞になったまま、やり場の無い悲しみと怒りが包み込む。 今の電話での態度で明確にわかったが、僕はおそらく花井さんの息子に嫌われていたのだろう。花井さんが僕の帰りを迎え、夕食の時間まで一緒にいてくれたということは、息子はそうでなかったということだ。花井さんはきっと母親のいない僕を不憫に思って、僕との時間を優先的に取っていてくれたに違いない。 それに花井さんは何かにつけて『坊ちゃんは本当に何でも良く出来るいい子。うちの息子なんて』と、口にしていた。僕はいい気になってそれを聞いていたが、逆に息子の前で僕を引き合いに出して叱っていたのだとしたら、それは息子にとっては屈辱だったろう。母親を奪っていた僕を、彼が嫌っていたとしても全く不思議ではない。 だが……それでも、葬儀には出席したかった。儀式という形だけでも、花井さんの死を受け入れたかった。僕を嫌うのは構わない。だが、この仕打ちはあまりにもつらい。つらすぎる……。 僕は特定の宗教にのめり込んだことも無いし、オカルト的なこともあまり信じない方だから、死後の世界というものも信じていない。葬儀というのは送り出す側の人間が個人の死が安らかなものであってほしいという願いを、最後の愛情を、示すものだと思っている。つまり残された人間の為の儀式なのだと認識している。 それを経ずに死の事実だけを知ってしまった僕は、花井さんに対する気持ちを、一体どこに示せばいいんだろうか。何も準備が出来ていない。墓の場所すらわからない。ただ空白が出来ただけで、埋める術を持たない。 そうだ。死を看取るということは、その人のそれまでの人生を受け止めるということでもある。それ以上の愛情表現があるだろうか。愛する人の命が失われていくのを目にした瞬間、その命を惜しみ、それまでの思い出と共に自分の中の愛情は最高潮を迎えるのだ。 僕は、花井さんをそうして送ってあげたかった。僕の感謝の気持ちを昇華したかったのだ。 涙。 長らく流すことの無かった涙が一筋だけ頬を伝っていた。それでも一筋が精一杯だった。 僕は力の入らない足で、夜の街をフラフラと歩いて帰路についた。なんだか酷く疲れた。体も、瞼も重い。今すぐに布団に入って、惰眠を貪りたかった。 しかし、花井さんのことを考える僕の中に、ふと湧き出してきた思い出の光景があった。 あの、子供の頃にひっくり返してしまったオタマジャクシ達の末路だ。 容器の水は当然のごとく地面に吸収され、夏の熱い土の上に横たわったオタマジャクシ達は苦しそうにピクピクと体を動かした。そっと拾って再び水を張った容器の中に入れてやれば、命が助かるかもしれない。 だが僕は、何もしなかった。容器をひっくり返してしまったことと、それによってオタマジャクシが苦しそうにしていることに泣きそうになりながらも、僕は決して手を出すことはしなかった。 助かると思わなかったから手を出さなかったわけでも、直接触るのが嫌だったからでもない。 可哀相なオタマジャクシ達。あんなに元気にエサを食んでいたのに。あんなに元気に泳いでいたのに。 僕は、オタマジャクシ達の動きがだんだんと弱くなっていくのを見て、自分がいかにこれらの小さな命を愛していたかを自覚していったのだ。そして、その命が全て尽きた時の悲しみに……『酔った』。 そう、酔っていた。干からびたオタマジャクシ達の墓を掘り、埋めていく過程で、僕は間違いなく快感を覚えていた。僕の中の愛情を昇華する行為が葬送だったのだ。 サリちゃんの時を思い出す。サリちゃんを殺した時はただただ必死だった。しかし、その遺体を隠すことを画策した時はどうだったろう。あの汲み取り口に隠した時はどうだったろう。 僕は、汲み取り口の中に、サリちゃんと共に、すぐそこで咲いていたスズランの花を入れた。僕にとっての小さな儀式だった。その時の、罪悪感と悲しみと、サリちゃんの人生の終わりを見届けたのだという高揚感が綯い交ぜとなった、あの感情。 花井さんを葬送することなく失ってしまった今、僕の中に出来た空洞を埋めるのは、あの感情しかない。 僕ははっきりと自覚してしまった。僕は、『そういう人間』なのだ。 旨いものを食べることよりも、セックスすることよりも、眠ることよりも、喜びを感じられる行為がそこにあるのだと。表面では嫌だ嫌だと言いながら、死体を見る機会の多い警察官という仕事を続けてこられたのはこういうことだったのだ。 あまりにも悲惨な様子に耐え切れず吐いたことも度々あった。僕は明らかにそれらを見て打ちのめされてきた。だが、その感情が繰り返されることを心の底では願っていたのだ。よく知らない人間の死であっても、その最期の姿を見るという残酷な刺激は甘美な誘惑であったのだ。あの強盗強姦致死事件の被害者の姿を度々思い出すのは、男の性欲を吐き出され破壊された彼女の惨たらしい様にそれまで見てきた中で最もやるせない感情と、愛おしい『生命』を感じたからだったのだ。 「……ったくよォ、マジでざけんなよってカンジだよ! きょーはもぉウチには帰んねえ! オメーんとこダメ? ……ダメか。んじゃー、カラオケでも行くかなァ? ネカフェはトシでアウトだし」 僕の耳に飛び込んでくる、守也くんよりも舌ったらずで、軽薄な声。目をやると、ブリーチでバサバサになった長めの髪をかつての守也くんのようにワックスで散らし、耳にも、あまつさえ唇にも、多くのピアスを付けた少年がスマートフォンで会話をしていた。 驚くのは、その年齢が守也くんよりも遥かに若そうなことだ。変声期のようなかすれた声と、幼さの抜けない丸顔から察するに、13歳前後といったところだろうか。サリちゃんよりも若干幼く見えるが、この時期は総じて女子の方が大人っぽくみえるものだし個人差もあるのでなんとも言えないが、とりあえずその幼さと摺れた格好が酷く不釣合いである。 この幼さでこの風貌ということは、家庭環境も知れたものだろう。学校にきちんと通っているようにも見えない。家庭や学校よりも、雑踏の中に自分の居場所を求める子供達。 胸がドクンと鳴った。 夢中になれるものがそこにあった。 『あらあら、坊ちゃん、何を泣いているの? あら、まあ、オタマジャクシが? ……まあ、こんなに立派なお墓を作ってあげたのね。 じゃあ、お花も一緒にお供えしましょうか。 こんな小さな命まで大事にする坊ちゃんは、大きくなったらきっと、幸せになりますよ』