「怪奇!空を飛ぶパンツ!脱衣所に秘められた罠!」後編 「怪奇!空を飛ぶパンツ!脱衣所に秘められた罠!」後編 「満月さん……?」 黒幕のようにして現れた満月さんに僕らが気を取られていると、FMSくんのパンツはその満月さん達の間を抜けるようにして向こうに去ってしまった。 「あっ……」 FMSくんが立ち上がって追いかけようとするのを、満月さんは手でたしなめるしぐさをした。 「あれを捕まえるのは至難の業です。まずはわたくしの話を聞いて頂けますか? 皆様、広間の方へ」 僕らは言いたいこともそれぞれにあったが、それを飲み込んでしぶしぶ満月さんの誘導に従い広間へ集まった。 一番先に広間に入った僕はいつも通り胡坐をかこうとして体を止めた。ノーパン状態+この浴衣で胡坐をかいてしまったら肌蹴て中身が見えてしまう! 隣に座ろうとしたFMSくんもそれに気付いたのか、ぎこちなく正座した。他の人達も正座になる。ううっ……早く服を取り返したい。 「皆様がご覧になった現象の原因は……、ズバリ、この屋敷にとり憑いた地縛霊です」 満月さんがとんでもないことを言い出した。ホラーと銘打っているこのシリーズだが、これまでに黒幕や敵対した勢力は、宇宙人だったりゾンビだったり人間だったり僕自身だったりして、幽霊が犯人という話は初めてかもしれない。 これが男性陣の服が全部無くなっただけではとても信じられない話だったが、僕らは先ほどパンツが空を飛ぶという超常現象を目にしている。満月さんの言葉にも真実味があった。 「その……、地縛霊というのは、男性の霊ですか? それとも、女性の霊ですか? なんというか……、こんな悪戯のようなことをする霊がどういう方なのか知りたいんです。 正直なところ、そういった類のものを信じているわけではないのですが……」 姿勢良く正座しているペケ蔵さんがおずおずと満月さんに尋ねた。満月さんもこれまた姿勢が良く、育ちの良さを自然と感じさせる。 「男性です。……彼は、十数年前にこの建物で死亡した修行僧です」 一同ざわめいた。 男性なのはなんとなく感じていたが、仏門に入った人間が……あ、もう幽霊だったか……とにかく僧侶が、このようなことをしでかすなんてひどく不可解だ。 しかし、僕は僧と聞いて、南北朝時代に書かれたという『稚児物語』を思い出してしまった。要するに女色を禁じられた僧侶達と若い稚児とのアッー!な本らしい。現代では決してそんなことは無いだろうが、昔は割と普通に寺院でそのようなことが行われていて、天台宗なんかには『稚児灌頂(ちごかんじょう』という少年をアッー!する神聖な儀式もあったらしい。 まさか、そのような趣味を持つ僧の幽霊が、男の汗臭い服を盗んでいった……? 「あの……それは、つまり、その方はノヴシゲ達の服に興味があったということですか……?」 僕よりも博識なキリコも同じようなことを想像したらしく、若干恥ずかしそうな顔をしてそう言った。 「ああ……、いえ、彼の目的は衣服ではありません。 皆さんを、男性の方々を、丸裸にすることです」 もっとタチ悪いじゃねーか!! ぶわっと冷汗が出てきた。 同じような気持ちなのか、男性陣はみんな神妙な面持ちになった。万が一霊に襲われたら一体どうやって抵抗すればいいんだろうか……? 僕らの表情に気付いたのか、満月さんが手袋をはめた手をブンブンと振って否定した。 「おっと、早とちりはしないで下さいね。彼はそのような趣味をお持ちの霊ではありません。 彼は、この屋敷の中にいる男性を丸裸にして……女性の目に晒すことを楽しんでいるのです」 「は……?」 それはそれですごく嫌だ。一体どういうことなのだろうか。 満月さんはゆっくりと語り出した。 「この屋敷がかつて旅館として使われていた頃、この山の山頂にある寺院を訪れる僧や観光客が毎日のように宿泊しておりました。 露天風呂こそありませんが、天然温泉の湧き出るこの宿は、登山の疲れを癒す場所として人気でした。 しかし、悲劇は起きました。『彼』が浴室へと足を踏み入れた時、前の利用者が忘れて残していった石鹸ケースを踏み、後ろ向きに激しく転倒してしまったのです。 更に悲劇は続きます。 後頭部を強打して意識が朦朧とする中、当時時間ごとに男女入れ替え制だった浴室に、部活の合宿に利用していたテニス部のJK集団が入ってきて、全裸で横たわる彼を発見したのです! 彼が死にかけていることに気付かないJK集団は、 「ギャー! ヘンタイ!」 「ハゲが下から覗こうとしてる!」 「サイテー! 目ぇひんむいてキモッ! 死ねよ!」 と大騒ぎしました。 彼は薄れ行く最期の意識の中で、全裸で動けなくなっている自分がヘンタイ呼ばわりされているのを聞いたのです。もちろんその後、JK達も彼が瀕死であることに気付き救護を求めに行ったのですが、彼が死んだのはその直前でしたのでそんな様子を見ることはありませんでした。 おお、ブッダ! なんたる屈辱か! 力尽きた彼の中には、仏の道に入っても拭いきれなかった妄執が、怒りが宿ったのです。 その怨念はやがて仏教の教える輪廻転生の道を外れ、地縛霊となってこの屋敷にとり憑き……その後、宿泊する男性客の衣服が突然消え、女性客の前で裸を晒してしまうという事件が頻発するようになりました。 彼は、男性客を自分と同じような目に遭わせ、生前の恨みを晴らすようになったのです。 お陰でこの宿の評判も落ち、いつしか客は途絶え……火事で山頂の寺が消失するより先に、わたくしどもは経営を断念せざるを得ない状態となったのです」 「はあ……」 そんな事情が……。 しかし、経営者側には迷惑な話だろう。 「この屋敷に私やきく香が住むようになってからは、そのような現象はありませんでした。 女性しかいないからでしょうか。私どももすっかり彼の存在を失念しておりました。 久しぶりの男女混合のお客様とあって、きっとあのお方も奮い立ったのでしょうね」 まつ香さんが申し訳なさそうに言った。その膝の上をきくちゃんが落ち着かない様子で上がったり、枕にして寝そべったりして、大人の会話に暇をもてあましている。 「原因はわかった。 で、問題はどうすれば俺達の服を取り返せるかだ。これまではどうしてたんだ?」 一磋さんが腕を組んだまま言った。 「そうっすよ! オレのパンツ、返してもらいたいんすけど!!」 「申し訳ございませんが、過去に衣服を取り返せた例はございません。 ですが、彼は地縛霊……。一度この屋敷を出てしまえば彼の力も及ばず、衣服を身にまとおうとも消えることはございません。 過去の男性客には、丁重にお詫びして衣服代を差し上げてご帰宅願いました」 「衣服代? いくらくれるんすか?」 「それはもう、おっしゃる額を……」 「……んー」 FMSくんは納得しかかっているようだ。しかし、まだ問題はある。 「以前はすぐ傍に衣料品店もございましたので、表にさえ出れば服を買うのには困らなかったのです。 しかし、その衣料品店もこのような辺鄙な場所ですのでその後潰れてしまい……今は、麓へ降りるしか代用品を見つける手はございませんね。 どなたかに買いに行って頂かなくては……」 そうなのだ。持ってきた服は一旦諦めるとしても、誰かが新しい服を買ってきてくれないと僕らは家に帰れない。まさかノーパン浴衣姿で町を歩くわけにもいかないし。 そうなると、誰が買い物の役目を引き受けてくれるかだ。男性が無理なら、女性しかない。 僕は女性陣に目を向けた。 キリコとユリカちゃんが、男性用下着を恥ずかしげもなく買えるとは思えない。そうなってくると、その辺をあまり気にしない雰囲気で、身軽なバイクで来た海清さんにスポットが当たる。 僕は海清さんをじっと見た。海清さんは僕の視線に気付くと艶やかに笑って返してくれた。 「私? いいわよ。 ……その代わり、下着も服も、私の趣味で買うわよ。ちゃんと着て見せてくれるわね?」 ああ、一体どんなものを着せられるんだろうか……。僕は不覚にもときめいた。 僕がポーッと胸を高鳴らせているのを見てか、キリコがテーブルをドンと叩いた。 「待ってください! こんな事態になったのは、この屋敷の管理者である満月さんに過失があるんじゃないですか? もちろん、そんな霊に憑かれてしまったことは同情しますけど……。わたし達をここへ誘ったのは満月さんなんですから、満月さんが責任をお取りになって服を買いに行かれればいいと思います!」 キリコめ、余計なことを……。 しかし、言われてみればその通りだった。 「そうですね。そうして頂くのが道理かと思います。 そもそも、どうして満月さんの服は無くならないんですか? あなたも男性……、ですよね?」 ペケ蔵さんが自信なさげに言ったのもわかる。僕らは満月さんの素顔も体も見たことがないからだ。もしかして女性だったりとかそんなこともアリエール……? しかしそこで、おもむろにネズが呟いた。 「……。……おかしいな。どうして、満月さんはその僧が死んだ時の感情を事細かに話せるんだ……? そんなこと、死んだ本人にしかわかるはずがない……」 ネズの言葉に、空気が凍りついた。 そうだ……。全くその通りだ。事故の流れや起きる現象のことはわかっても、その引き金となった感情までわかるはずがない。 『裸体でいたのを罵られて屈辱だった』なんて、本人の口からしか語られるものではない。 満月さんは……一体……? 『フフフ……ファファファファ!!』 僕らが問い詰めると、満月さんは急に高笑いを始めた。 そして突如、傍にいたΧくんの浴衣に手をかけ、一気に引きずり下ろして彼の上半身をさらけ出した。 「うっ……わああああ!」 まさか突然そんな暴挙に出られるとは思っていなかったであろうΧくんは、慌てて浴衣を掴んで最後の牙城を守る。 「……くっそぉっ! やめろよっ、クソムシ野郎!!」 Χくんが半泣きで足蹴にして抵抗する。ヘソの位置まで下ろされた浴衣が今にも引きちぎられそうになっていた。 「このヤロウ!」 一磋さんが満月さんに殴りかかろうとした。 「……!?」 しかし、不思議な力で一磋さんははじき返された……! そのまま襖に背中を叩きつけられる。 『ファファファ! 無駄だ! 我の名は宗膳。無念を抱き現世(うつしよ)を彷徨う怨霊よ!』 なんと、満月さんに霊がとり憑いていたのか! 満月さんのサングラスの奥で目が光っているのがよくわかる。背筋をゾッとさせる光だ。 見ず知らずの人の前でならともかく、キリコ達の前で全裸にされるなんて、そんな恐ろしいことがあってたまるか……!! ビリリッ!! 嫌な音がした。 「あああああぁぁ……!」 Χくんの浴衣が一部分を残して破れ、満月さんの手の中に収まった。Χくんはほぼ全身を僕らの前にさらけ出すことになったが、幸いにもその残った一部分で大事な部分は隠すことが出来た。 『幸運な奴よ。我の手から逃れるとは』 「クソが……!クソが……!」 屈辱を受けたΧくんはふるふると震え、顔を真っ赤にしたままものすごい形相で満月さんを強く睨んだ。 僕はそんな可愛いΧくんの姿を見て若干何かに目覚めそうになったが、次の標的が一磋さんになり、その胸毛がさらけ出された瞬間に我に返った。 不思議なことに、手を触れてもいないのに帯から上の浴衣が満月さんの方向に引っ張られている。 「うわっ……! 駄目だ、力じゃどうにもならねえ! 姉貴、なんとかしてくれ……!」 謎の力に抵抗して浴衣を抑える一磋さん。海清さんに助けを求めるが、海清さんは腕を組んで仁王立ちしたままだった。 「何よ、男らしくないわね。裸ぐらいいいじゃないの。減るもんじゃないし。 いいからさっさと脱ぎなさいよ」 ……!? 僕は耳を疑った。 が、次の瞬間、海清さんの前でなら脱いでもいいような気がしてきた。 僕の貧相な体を罵られたとしてもそれはそれで……、ご、ご褒美になるんじゃなイカ……!? 「ね? キリコちゃんもユリカちゃんもそう思うでしょ?」 海清さんは2人に同意を求めた。 ユリカちゃんは眉をハの字にして困ったような表情を浮かべた。 「うーん……。見たいような、見たくないような。 でも見えたからってどうってことないですよ? だからもし脱げちゃってもだいじょぶです!」 キリコは顔を赤くしながらも強気な口調で返した。 「別に……ノヴシゲ達の裸を見るくらい……! わたし達が見ればそれでこの怪現象が終わるんでしょう!?」 そうか……女子というのは意外とこういうところは図太いのだ。高校時代、エグい特集の載ったan・anを女子がキャーキャー言いながら回し読みしていた様子を見たじゃないか。女性向けのアダルトコンテンツも多くある時代だ。今更裸程度では騒がないのかもしれない……。 しかしそう思うとみすみす裸にはなりたくはないような気がしてきた。僕らの大事な裸体はこんなところで簡単に晒すべきものではないのだ。 こんな状況で見られたところで、大事な何かを失ってしまいそうな気がしてくる。こんなくだらない状況で見せるんじゃなくて、もっとムードのあるところで、しかるべき状況で……と思うのは夢の見過ぎだろうか。 僕は無駄かもしれないとは思いながら、一磋さんの浴衣を掴んで引き上げるのを手伝ってあげた。 「ノヴシゲくん……!」 「一磋さん、もう少し頑張って下さい!」 「僕も手伝うよ、一磋くん!」 「……俺も」 ペケ蔵さんやネズも一緒になって一磋さんの浴衣を押えてくれた。 満月さんの力は一人ずつにしか効かないらしく、一磋さん以外の人達に異変は起きていない。 つまり一磋さんが脱がされなければ僕らに危険が及ぶことはない。 必死になって力を込める。浴衣が破れたとしても、Χくんのように大事な部分だけでも手元に残ればこっちのものだ。 「イヤですぞー! イヤですぞー! 脱がされるのはイヤですぞー!」 しかし、穴山さんが顔を赤らめながら部屋の隅でヴィーナス誕生よろしく体を押えているのを見てしまい、僕の集中力は乱された。 「ああっ……! ギャランドゥが……!!」 僕が気を抜いた瞬間、浴衣は一気に引き摺り下ろされた。一磋さんの黒々とした立派なギャランドゥが僕らの眼前に現れる。もう少しで全部持っていかれるところだった。 「くっそ……あぶねえっ……!」 僕らは渾身の力を込めて浴衣を引いた。しかし僕の握力は既に限界だった。 『無駄な抵抗はやめるのだな。我の手から逃れた者はいない。 ……!?』 もう駄目だ、一磋さんのイチモツが……!! と思った瞬間、満月さんをまばゆい光が襲い、彼を包んでいた黒いオーラが吹き飛んだ! 一磋さんの浴衣を引っ張る力が抜ける。 た、助かった……!? 満月さんはキョロキョロと部屋を見回した。 『誰だ……! こんな力を使う者がいたとは……!』 僕らも何が起きたのかわからず、呆気に取られたまま光の放たれた方向に目をやった。 「……加此出波(かくいでは) 天津宮事以鼎氐(あまつみやごともちて) 大中臣天津金木乎本打切末打断氐(おおなかとみあまつかなぎをもとうちきりすえうちたちて) 千座置座尓置足波志氐(ちくらのおきくらにおきたらはして) 天津菅曾乎本刈断末刈切氐(あまつすがそをもとかりたちすえかりきりて) 八針尓取辟氐(やはりにとりさきて) 天津祝詞乃太祝詞事乎宣禮(あまつのりとのふとのりとごとをのれ)……」 ……な、なんとFMSくんが漢字をしゃべってる……!? じ、じゃなくて、二本指を口元に近づけてなにやら呪文めいた言葉をブツブツを唱えている! そのFMSくんの周りを、あのまばゆい光が包んでいるではないか! 「FMSくん……力を使ったのか……」 ペケ蔵さんがボソッと呟いた。 「力って……!?」 僕はすかさず聞き返した。 「彼はああ見えて一応、伝統ある神社の跡取り息子だからね……。音楽活動なんてしてるのも、駄目だった場合の保険があるからなんだよね。 子供の頃からオカルトが好きで、家の敷地内で陰陽師の真似事みたいなことしてたら、厄払い程度のことは出来るようになったみたいだよ。」 そうだったのか。まさか、FMSくんがそんな生い立ちで、そんな能力を持っていたなんて……。 地縛霊に、陰陽師……。 もはや、パンツが宙に浮くくらい大したことではないように思えてきた。 「でも、ちょっと待ってください。相手は僧ですよ? 仏教に神道の力が効くんですか?」 「うーん……日本は元々神仏混交だし、ホトケも八百万の神の一つということでいいんじゃないかなあ」 ペケ蔵さんが『ホトケ』なんて言うとまるで死亡した被害者のようだ。 それはともかくとして……。僕は再びFMSくん達に向き直った。 FMSくんの体から放たれる光が満月さんのオーラを吹き飛ばすが、満月さんの体からは湯水のように次から次へと黒いオーラが湧いて出てくる。 『ファファファ! 小僧が、頑張るじゃないか!』 バリバリバリッ グァ!! 今度はFMSくんの浴衣が引っ張られる。 だが浴衣は見えない誰かが押えているかのようにFMSくんの体を包んだまま、裾を翻すだけだ。 FMSくんはこめかみに汗を浮かべたまま動こうとせず、口元にニヤリと笑みを浮かべた。 「大祓詞(おおはらえのことば)じゃ完全に祓うのは無理っすか……。 こうなったら、最近使えるようになった式神を使うしかないっすかね……」 おお、式神! 安倍晴明みたいでカッコイイ! 僕が期待を高めると、FMSくんは懐から人型の紙を取り出した。 すげー! ワクワクする!! 「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生じる……」 FMSくんが再びブツブツを何かを言い出し、指で人型に何か書き込んだ。 不思議なことに、ペンも筆も持っていないはずなのに、FMSくんの指先が人型に触れるとそこに線が浮き出てくる。 なんかすげー! かっけえ! もうそれしか言えない! 「老子の言葉ね。陰陽道は道教の影響も受けているから……」 キリコが言った。だが僕には何のことを言ってるのかサッパリだった。 「え……道教?」 「中国三大宗教の一つだよ」 「2とか3とかどういうこと?」 「式神とは、式……つまり数学なのよ、きっと。 ピタゴラスは『万物の根源は数である』と言ったわ。自然現象には数学的な法則が内在しているってね。 万物を構成する式に特定の条件を与えれば特定の結果が出る。すなわち条件を変えれば万物を操れるということね」 ……わかったようなわからないような。 「はあああぁぁっ!!」 一通りなんらかの呪文を唱え終え、人型を挟んだ二本指を口元に近づけたFMSくんが、そのまま人型を投げつけた。 が、しかし、 『弱い弱い!!』 人型は力無く満月さんの目の前でヘナヘナと床に落ちていった。 そして人型はヨロヨロと数歩だけ床を歩いたかと思うと、「きゅ~…」と言いながら力尽きたように倒れ込んだ。 傍にいたネズがそれを拾って書かれた文字を読み上げる。 「……。……『12+30=42』……?」 「数学じゃなくて算数じゃんそれ!!」 僕は盛大にガッカリした。 ガッカリした、というか、呆れた様子でみんながFMSくんを見る。FMSくんは唇を尖らせた。 「な、なんすか! 足し算と引き算でもいちおー式神は動いたじゃないっすか!」 「あのさあ……、高校までは出てるんだからさ、せめて中学レベルの方程式くらい……」 「自慢じゃないっすけど、オレ数学は万年1っすから! たまに2があったけど、高校卒業したら全部頭ん中から吹っ飛びました!」 「それでよく式神なんて使おうと思ったなオイ!」 僕らがコントのようにやり取りしていると、満月さんは両手を掲げた。 『ファファファ……! へなちょこ陰陽師め、もうここまでだな……!!』 部屋の中を嵐のような強風が襲い、FMSくんの浴衣を吸い取ろうとした。 「うわっ……やっべ……っ!!」 「あ、危ない!!」 慌てて浴衣を手で押えるFMSくん。僕はそんなFMSくんを助けようと手を伸ばした。 が、 僕の伸ばした手はあろうことかFMSくんを突き飛ばす形となってしまった。 強風と僕の力に煽られたFMSくんは、おっとっと……とバランスを崩して満月さんに向かって倒れ込んだ。 その時だった。 ぽみゅっ☆ 「……!!? ~~~~~っ……!!」 ああ、なんたること……なんたること……。 僕は目の前で起きたことを現実として受け止められなかった。 FMSくんは倒れ込んだ満月さんの上に覆いかぶさっており、その唇がマスク越しに満月さんの唇を奪っていた! まるでコトを始める前の恋人同士のような優しいキッス……。 「ンんんん……!!」 マスク越しではあるが、そんな体勢になっていることに気付いたFMSくんと満月さんは、苦々しい表情を浮かべた。 その時、 『ウボアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』 満月さんの体からタコがスミを吐き出したかのようにぶわっと黒い煙が広がった。不意打ちのようなそれを思わず吸い込んでしまった僕らは、たまらずにゲホゲホと咳をする。 先ほどまで吹き荒れていた風は止み、煙が部屋に充満した。 何が起こったんだ? もしかして、例の霊が満月さんの体から出ていった……? 「皆様、大丈夫でしょうか!?」 やがて気を利かせたまつ香さんが襖を開けて換気を良くしてくれた。部屋を覆っていた黒い煙は、風の流れと共にゆっくりと部屋から出て行った。 視界が良くなると、倒れたままの満月さんとその隣で四つん這いになりながら茫然としているFMSくんが目に入る。 「若様!」 まつ香さんが心配そうに倒れ込んだままの満月さんを助け起こそうとする。満月さんのマスクの口の部分は唾液でしっとりと濡れていた……。 FMSくんはと言えばわなわなと震えながら顔を青くしている……。心中お察し致す。 「う、ううん……。 ……はっ! まつ香さん! わたくしは一体……? ……い、今の柔らかな唇は、ま、まつ香さんでしょうか……?」 目を覚ましたらしい満月さんが若干照れながらそう聞いた。まつ香さんは言葉を詰まらせた。 「ええと……それは……。 と、ともかく若様がご無事で何よりです! もうどこも悪くはございませんか?」 「ええ……わたくしは大丈夫です」 FMSくんは大丈夫じゃなさそうだけどな。 「しかし、一体何が起きたんだ……? どうして、いきなりアイツが体から出て行ったんだ? FMSくん、何か術でも使ったのか?」 一磋さんの問いかけに、FMSくんはぶんぶんと首を振った。 「じょーだんじゃないっすよ! あんな苦しくてキモいの、術なわけないじゃないっすか!!」 「苦しい……? あっ……そうか!」 キリコが何かを悟ったようだった。 「苦しいFMSくん × 苦しい満月さん……9(苦)×9(苦)=81だね!」 なんなんだその思考は! 「FMSくんの意図せずして、式が発動したんだよ、たぶん!」 キリコはちょっと興奮気味に言った。それが、ロジックを発見したことからなのか、FMS×満月という空恐ろしいカップリングを目の前で見たことからなのかがわからなかった……。 「いや、それさすがに無理があるでしょ……」 「言霊の国である日本なら、苦しいの『く』が『9』に結びつくことなんて普通でしょ? 人物×人物という数式も、いまや色んなところで見かけるものじゃない」 「いやでもさ……9×9=81だって小学生レベルじゃないか……。なんでこんなに効力を持つんだよ……」 「ノヴシゲ知らないの? 九九は神聖な数字なの。陰陽思想では奇数は陽の数で、9は一桁のうちその最大でしょ。9月9日を重陽の節句と呼んでお祝いするのは、陽の重なりが吉祥と考えられたからだよ。 万葉仮名では『に[くく]あらなくに』を『二[八十一]不在国』と書いたりなんかして数で遊んだりもしたの。 イザナギとイザナミが産んだ神の数も九九=八十一柱。FMSくんが操れる数式としてはなかなか強力だったのかもしれないよ」 ……わかったようなわからないような(※72段目ぶり2回目)。 とにかく、偶然にも発動された術により、僕達は女の子達の前で全裸を晒すという危機から逃れることが出来たようだ。Χくんはほとんど晒してしまったが……、まあ、彼なら許される範囲だろう。本人さえ立ち直れば。 「あっ……そういえばパンツ……!!」 FMSくんが思い出したように言った。 「そうだ。消えた俺達の着替えはどこに行ったんだ……?」 一磋さんも乱れた浴衣を調えて辺りを見回す。一見してそれらしいものがあるようにも見えない。消えたことの逆に、空中からパッと現れることもない。 「お、オレのパンツ……」 FMSくんがしょぼんとした。その矢先だった。 「あー、なにやら体が重いですねえ」 元気を取り戻した満月さんが立ち上がると、そのコートの下からバサバサバサッと大量の衣類が落ちてきた。まるで四次元ポケットから取り出したかのような量だ。 「ああー!! パンツ! オレのパンツ!!」 「おっと、なんですかねえ、これは……」 それらは見まごう事なき、僕らの無くした衣服の山だった。FMSくんは嬉しそうに黒いパンツを手に取った。 「まあ……とりあえずは良かったね、FMSくん。4000円が無駄にならなくて。君の力も役に立ったし」 「良かったんすかね……コレ」 ペケ蔵さんがFMSくんの肩に手を置くと、FMSくんは先ほどの満月さんの唇の感触を思い出したのか再びドヨーンと落ち込んだ。 「一磋もケチね。体くらいみんなに見せてあげればよかったのに」 「自分で見せるのと無理矢理晒されるのは違うだろ……」 双子はいつもの雰囲気になっているし、 「うへへ……たるんだ体を見せずに済んでよかったですよ」 穴山さんはほっとした顔をしている……が、穴山さんの体がたるんでいることは服を脱がずともわかるのである。 「ボクはこの屈辱の日を一生忘れない……!」 ……Χくんにはあまり近づかんでおこう。 「……。……ノヴシゲ、怪我は無かったか?」 ネズはいつものように必要以上に僕を心配してくれた。 「どーなっちゃうかと思いましたけど、これにて一見落着ってことですね★」 ユリカちゃんがニコニコして言った。 うん、まあ、そうなんだけど……。 なんとなく釈然としない。 僕は横目でキリコを見た。 FMSくんと満月さんを見て即座に×を思い浮かべた思考……もしかして? いや、今までそんなそぶりは見せなかった……。きっと僕の勘違いだ……。 それと、満月さんのあのコートの中はどうなっているのだろう。僕らの衣類の量はとてもじゃないが物理的にあのコートの中に収まるような量じゃない。 これまでもずっとあの中にあったというのか? あの中はどうなっているんだ? そして、何故他のみんなはそれを疑問に思わないんだ……? 「皆様、とりあえず悪霊は去ったことですし、お夕食まではまだ時間がかかりますので、もう少々お待ち下さいね」 まつ香さんがそう言うと、僕が困惑しているのをよそに他の人達は自分の服を手に部屋に戻っていく。 「じゃあノヴシゲ、後でね!」 キリコがユリカちゃんと共に部屋を出ていくと、傍にはネズだけが残った。 「ノヴシゲ、戻るぞ」 ネズに声を掛けられ、仕方なく僕も床に落ちた服を取った。 だが、そこには僕のパンツだけが無かった。 「僕のパンツだけ無いぞ……」 「……。……満月さんがまだもってるんじゃないか? 聞いてみたらどうだ?」 そうかも。それなら、ついでにあのコートの中のことも聞けるかもしれない。 僕らが廊下に出ると、そこにはちょうど満月さんときくちゃんがいた。 「満月さん」 「あ、はい?」 「あの……、コートを脱いでみせてもらえませんか? 僕のパンツが見当たらないんです。もしかしたら、引っかかって残ってるかもしれないし……」 僕はおそるおそる満月さんに言ってみた。紫外線に弱いから着ているというあのコート……。そういえば室内なのに脱いでいるところを一度も見たことが無い。明らかに不自然だ。 満月さんは「おっと、そうですね……」と言ってコートの上から体をまさぐるようなしぐさをした。 「ん~……ありますかねえ……」 そしてひとしきり考え込むと、僕ではなく傍らにいたきくちゃんに声を掛けた。 「きく香ちゃん、わたくしの代わりに、『中』を見てきてくださいますか?」 満月さんが言うと、きくちゃんは素直に「はーい!」と、満月さんのコートの裾から中に入って行った……! きくちゃんが入ればコートは膨れそうなものなのに、外見は一切の変化がない。先ほどの大量の服のように、その体積を感じさせない。 『中』は一体どうなって……!? ……グジャッ! バキッ! ギョエエエ! ビチャッ!! しばらくすると、きくちゃんが入って行った満月さんのコートから、なにやら不穏な音が聞こえてくる……。 僕は竦んだ足でやっと立ってその光景を目にしていた。ネズも困惑の色を隠せないでいる。 「あったよー! おにいちゃんのパンツ!」 やがてきくちゃんが満月さんの足元から出てくると、その手には深緑色のドロッとした液体にまみれた僕のパンツがあった。 「おやおや、随分と暴れたんですねえ」 「すっごいねえ、かわいいのがいたの! なでなでしたんだよ!」 満月さんときくちゃんはそうして顔を見合わせると、にやあ~っと笑ったのだった。 僕らは緑に染まったパンツを手渡されて、そのまま何も言えなかった……。 END PR
小ネタ投稿しました…&レビューを書いて頂きました! こんばんは、バドです。 「怪奇!空を飛ぶパンツ!脱衣所に秘められた罠!」前編を投稿しました。 ちょっとまた来週の土曜日まで立て込んでしまうので、まだ推敲してない後編は来週土曜日以降のうpになります…。 FMSと満月さん中心のオールキャラです。 最近会社がメチャクチャでストレス溜まりまくりなので大変な方向に走ってしまいました。 反省はしますが後悔はしません(`・ω・´) ちなみに後半の方が前半の1.7倍くらいあって長いです…。 それと、許可を頂いてからすっかり紹介が遅くなってしまったのですが、DECOすけ野郎さんが「フリーソフト超激辛ゲームレビュー」でスルスルシリーズのレビューを書いてくださいました! すごく面白おかしい感じに書いて下さってます(゚∀゚) 束縛レビューはこちら 以前に書いて下さっていた渇望レビューはこちら DECOすけ野郎さん、どうもありがとうございました(´∀`*)
「怪奇!空を飛ぶパンツ!脱衣所に秘められた罠!」前編 「怪奇!空を飛ぶパンツ!脱衣所に秘められた罠!」前編 「あ~、いいお湯だった」 浴室のガラス戸を開けると、浴室内より幾分湿度の低い爽やかな空気が肌を冷やした。夏場とはいえ山中であるので気温はそれほど高くなく、陽光さえ遮ればエアコンなしでも快適に過ごせる。 「……。……すごかったな、一磋さんの……」 「そうだな……」 ネズも衝撃を受けたようだった。興奮で頬が赤く染まったままだ。着替えの入った籠に向かいながら僕は薄手のフェイスタオルで更に体に付いた水滴を拭った。 あんな風になるんだろうか……。人体とはまったく不思議だ。 「縮れ毛ばかりのすね下の一部分だけが綺麗な直毛だなんて……。 しかもキューティクルの整ったツヤツヤな毛だった。僕は全体的に直毛だけど、あの光沢には勝てないな……」 「さすが美容師だな……。体毛の手入れもしっかりしてる……」 あ、そうか、美容師さんなんだっけ。 ちょっと隙を見せるとハーレーの話を振ってくるから一磋さんの職業のことなんてすっかり忘れてたよ。 僕は着替えの籠にかぶせてきた大きなバスタオルを取った。 「あ……あれ!? な、無い!!」 「……。……どうした、ノヴシゲ?」 「き、着替えが無い!! 着てきた服も、全部無いぞ!?」 バスタオルの下は、虚の空間となっていた。 「……籠を間違えたんじゃないのか?」 「でも、このドラえもんのバスタオルは間違いなく僕のだぞ?」 「後から入ってきた誰かが入れ変えたとか……」 「そんなことして何になるんだよ!」 ネズは籠の中から自分のバスタオルを取った。そして…… 「……? 俺のものも無いぞ……」 「ええっ!?」 眉一つ動かさず何も無い籠の中を見つめる。 「……どういうことなんだ? このままじゃ表に出られないな」 「もしかしたら、FMSくんあたりの悪戯じゃないのかな……。他の籠の中も見てみよう」 僕は手当たり次第、籠の中身を覗いてみた。しかし、どの籠という籠にも入っているのはバスタオルかせいぜい眼鏡くらいのもので、僕が悪戯をしたんじゃないかと睨んだFMSくんのものも含め、今浴室内にいる人達の着替えらしきものは一切見当たらなかった。 「ど、どういうことなんだ……? 全員分の服が無くなってる……」 僕達が全裸のままうろたえていると、湯上りで体を紅潮させたΧくんがガラス戸を開けて脱衣所に入ってきた。 「……? どうしたんですか、2人とも……」 「……着替えが無いんだ……」 「は? 忘れたんですか?」 「そうじゃない。みんなの分も無いんだよ」 「はァ? なんで……」 Χくんは自分の籠の中を確認し、そのまま隣に置いてあった籠の中も見る。そして可愛らしい唇を歪めてチッと舌打ちした。 「……FMSさんの仕業じゃないんですか? 最後に入ってきたのあの人だし」 やっぱそう考えるよな。 僕はとりあえず本人に聞いてみようと、浴室のガラス戸を開けた。 と、ちょうど浴室を出ようとしていたペケ蔵さんの鎖骨が目に飛び込んできた。 「あれ? どうしたんだい? 忘れ物?」 僕はペケ蔵さんの問いかけには返事をせず、地獄谷のサルが如くヘブン状態で首まで湯船に浸かっているFMSくんに声を掛けた。 「FMSくん! みんなの服を隠したりしてないよな!?」 「……へっ!?」 気持ち良さそうに目を瞑っていたところを急に声を掛けられたFMSくんは驚いて胸まで体を引き上げた。 「なんのことっすか!? 服って?」 ……本当に知らなそうだ。 「一磋さんや、穴山さんは……?」 僕は中に残っていた他の2人にも声をかけたが、2人とも事態がわかっていないような顔をしていた。 「どういうことなんだ……」 僕は再びネズ達のところに戻った。ネズ達は脱衣所内をくまなく探してくれていたようだが、収穫は無かったようだ。 「盗難事件ですよ! 盗難!」 僕はペケ蔵さんに言ったが、ペケ蔵さんは腕を組んで首を傾げた。 「うーん……、でも男の服を……それも下着まで盗んで誰が得をするのかなあ。昼間動いたから汗臭くなってるし、……ここには男性陣のほとんどがいるわけだけど、女性の誰かがこんなことするとは考えにくいし……。 満月さん……? が、何かの為に持って行ったとしても、僕らにはきちんと声をかけてくれそうだし……」 「でも実際問題として僕ら、服を着ないことには表には出られませんよね。いつまでもブラブラしているわけにはいかないでしょう?」 そうこうしてる間に、浴室内にいた3人も脱衣所まで出てきた。脱衣所内は裸の男達で溢れ、いつも以上にむさ苦しい光景となっていた。念のため言っておくがみんなタオルで下は隠している。 「とりあえず各々の部屋に他の着替えはあるわけだ。だったら、取りに行けばいいだけの話じゃないのか?」 一磋さんがそう言った。 「でも、途中で女性陣と出くわしたら気まずいですよね……。いくら下を隠していたとしても。 これだけの人数が一度に行動したら、絶対に誰かは遭遇しちゃうと思うんですけど」 「じゃあ、代表して誰かに取りに行かせればいい」 一磋さんの言葉を聞いて、一同の目がFMSくんとΧくんの2人に注がれた。 「な、なんなんすか! オレは嫌っすよ!」 「……なんでボクらなんですか?」 これにはペケ蔵さんが答えた。 「Χくんならタオル一枚でうろついていたところを女性と遭遇しても許してもらえそうだし、FMSくんは普段からこういうことやらかしてそうだから笑い話で済むんじゃないかと思うんだ」 「オレなら笑われてもいいってことっすか!? だったら穴山さんこそ適任じゃないっすか! 普段から風呂上りにパンツ一丁で歩いてそうだし!!」 「うへへ……バレましたかな?」 僕らがもめていると、ふと、廊下から幼い歌声が聞こえてきた。この声はきっと、きくちゃんだ! 僕はチャンスとばかりにみんなに提案した。 「きくちゃんに、何か羽織る物を持ってきてもらうようにまつ香さんに伝えてもらうのはどうですか? 元々旅館だったんならもしかしたら浴衣くらいはあるかもしれませんよね?」 「ナイスだ、ノヴシゲ……! それでこそ俺の」 ネズの言葉を遮って僕はΧくんの肩に手を置いた。 「Χくん! 僕らがこの格好できくちゃんの前に出るのは……なんというか、事案が発生してまずい気がする。 だが中性的で可愛い君ならきっと大丈夫だ! きくちゃんに、この危機を伝えてくれ!」 Χくんはわかりやすく嫌な顔をした。が、少し考えるような素振りを見せると、僕の期待する答えを返してくれた。 「ボクだって一応男なんですけど。 ……まあ、確かにボクならヘンタイには見えないでしょうから、ここは仕方ないですかね……」 Χくんは腰のタオルをしっかりと結びなおして廊下に出て行った。その華奢な背中が僕らには非常に頼もしく見えた。 Χくんの様子を、そっと開けた扉の隙間から伺う。 Χくんを見つけて、きくちゃんの足が止まった。しかし、すぐにはΧくんの口から言葉が出てこない。子供と接するのは苦手そうだから、言葉を選んでいるのかもしれない。 「あのさ、頼みがあるんだけど……。お母さんにさ、7人分の浴衣か何かを……」 しかし、Χくんがそう言っている途中で、きくちゃんはニヤリと笑いを浮かべてΧくんの腰のタオルを思い切りつかんで取り去った!! 「うわあああああああああああああ!!」 廊下に鮮やかに浮かび上がるΧくんの肌。Χくんは真っ赤になって体を隠すように廊下に座り込んだ。 きくちゃんはタオルをつかんだまま廊下の向こうへと駆けて行く。フルチンでは追いかけようにも追いかけられない状況だ。 そうだった。子供というのは時に大人以上に残酷なのものなのだ。それを念頭に置かなかった僕の失策により、Χくんは犠牲となったのだ。 「どうかなさいましたか!? ……あら、まあっ///」 Χくんの悲鳴を聞きつけたまつ香さんがやってきて、つるんと綺麗な尻を出しながら蹲るΧくんの姿を捉えた。ああ、泣きっ面にハチとはまさにこのことよ。だがΧくん……貴殿の死は無駄にはしない。 「まつ香さん! お願いがあるんです! そこから動かず僕の声だけを聞いてください!」 「え……?」 よし、これで一難去ったな……。 僕達は、まつ香さんに経緯を説明して宿泊客用の浴衣を出してもらうことになった。これで着替えのある部屋に戻ればとりあえずは落ち着く。 ……はずだった。 「無い……。どこにも無いぞ……」 僕はボストンバッグの中身を全て引っ張り出して絶望的な気分になった。 隣で同じような作業をしているネズを見る。浴衣姿のネズは僕と目線を合わせると、小さく首を振った。 「持ってきたはずの着替えが全部無くなってる……。一体どういうことなんだ……?」 僕は立ち上がって、他の人達がどうなのか確認しようと廊下に出た。 トランクスを履いている時とは違う心もとない風が股の下を通っていく……。浴衣は前で合わせる部分がそれほど広くない為、大股で歩くと太ももまでめくれ上がって非常に危険だった。 廊下で、殺気を帯びたFMSくんとXくんに出会う。その顔を見れば、彼等の鞄の中にも服が無かったことを容易に察することが出来た。 「誰かは知んねーけど、舐めたマネしてくれるじゃないっすか……。4000円もしたRoenのパンツも盗まれてたんっすよ……」 「コロス……コロス……」 Χくんは先ほどからずっとコロスコロスと呟いている。誰をコロスつもりなのかは知らないが、今のXくんに近づいてはいけない気がした。 「参ったな……。なんでこんなことになったんだ?」 一磋さん、穴山さん、ペケ蔵さんもそれぞれ廊下に出てきた。大股で歩く一磋さんや穴山さんの足がちらちらと浴衣の間から見えて、僕は見たくもないのにいちいち気になってしまった。 「Χくんやネズくんのものならともかく、こんなオヤジの服など盗んでも何にもならないと思うんですがねえ……うへへ」 そうだよなあ。穴山さんの服(※脱ぎたて)なんか金もらってもいらねえし。それより女性陣の……。 「……は! そういえば、女性陣の服はどうなんですかね!? 僕らと同じように盗まれてたりなんかしませんかね!?」 ノーブラノーパン浴衣! ノーブラノーパン浴衣! 僕は淡い期待を抱いた。 「あら、本当にみんな浴衣なのね」 僕の淡い期待を一瞬で打ち砕き、風呂上りでやや湿った髪の海清さんが普通の洋服を着たまま部屋から出てきた。 「な? 言っただろ、姉貴」 そうか。海清さんは一磋さんと同室だから、きっと彼から話を聞いたのだろう。 「じ、女性陣はなんとも無いんですか!?」 「ええ。お風呂から上がっても何の異変も無かったわ」 僕らが廊下で騒いでいたせいか、残りの女性2人……キリコとユリカちゃんもひょっこり顔を出した。当然のようにいつもの格好だ。 「ノヴシゲ、どうしたの? 何の騒ぎ? ……どうしてみんな浴衣なの?」 「それが、僕らの服が全部盗まれたんだよ! 下着まで全部!」 「えっ……?」 キリコは疑うように僕らの顔を見回したが、僕らの曇った顔を見て事実であると察したようだった。 そして隣のユリカちゃんが耐えかねたかのようにプッと噴き出した。 「あはは、なんで男の人の服だけが盗まれちゃうんですかあ。イミわかんない!」 意味わからんのはこっちも同じだ! 「……。……FMSくんの4000円もするパンツならともかく、着古した他の人達の服に大した金銭的価値は無いだろう……。 ……他に考えられる理由としては……犯人が、男の服にしか興味を持たないとか……?」 大真面目な顔をして分析をするネズ。 「いやいやネズ、4000円もするブランドのパンツだって言っても、他人が履いたパンツが欲しいか? それも金銭的な価値は無いだろ。……無いと言って!」 「……そうか。それもそうだな。となると犯人は汗臭い男の服を好んだとしか……」 ちょっとっ、そういう怖い話はやめてもらえませんか? 僕の頭の中に、僕らの服の臭いをスーハースーハー嗅ぐコナンに出てくる犯人のような黒い人物が浮かんだ。 「念のため聞くけど、女性陣には……覚えはないよね?」 ペケ蔵さんが被害にあってない女性達の方に向き直って聴取を始めた。 「男性の汗の臭いは好きだけど、服を盗むほど落ちぶれてはいないわ」 「やだっ、そんなの盗むわけないじゃないですかぁ!」 「私も……。第一、これだけ大勢の人達の3日分の衣服なんて大量の物を、どこに隠せばいいんですか?」 女性達は文字通り三者三様の反応を見せてくれた。僕だってそんなものいらないと思うし、ましてや女性陣が興味を持つようなものには思えない。ペケ蔵さんも「それもそうだよなぁ……」と呟いて、それ以上の追求はやめたようだった。 「だとすると、外部の人間かなあ……。 ああ、満月さんが残っているな。満月さんが気を利かせて勝手にクリーニングに出した可能性も無くはない……かな?」 ペケ蔵さんが腕を組んで考え出すと、FMSくんが泣きついた。 「頼んますよペケ蔵さん! オレのパンツ取り返してくださいよ!」 「そりゃ僕も着替えが無いと困るからちゃんと探すけどさ、パンツに4000円はいくらなんでもかけ過ぎだって言ったろ?」 「真にシャレオツな人間は見えないところにこそ金をかけるんっすよ!」 「そんなことよりその4000円で食費を払ってくれよ」 「勝負パンツくらい持ってたっていいじゃないっすかー!!」 「見せる相手もいないじゃないか……」 「……」 FMSくんは白目で固まってしまった。 ペケ蔵さんの言うとおり、見せる相手もいないのにパンツに4000円はかけ過ぎだと思う。彼女無し仕事無しの僕はこのところしまむらでしかパンツを買っていない。いや、しまむらの値段と品質で充分満足している。FMSくんもしまむらで買えばいいのだ。 しかし、4000円もする男物パンツとは一体どんなものなのだろうか。女性物のフリルのふんだんに付いたサテンのパンティなんかではそれくらいしてもおかしくはなさそうだが。サテンの光沢ってなんかエロいんだよなぁ。上からなでなで触りたくなるっていうか。動画でしか見たことないけど。あ、でもFMSくんがそんな光沢のあるパンツ履いてたらなんかスゲーやだな……。 「そのパンツって、どんなやつ?」 僕はつい聞いてしまった。 FMSくんは待ってましたとばかりにちょっと得意げに説明を始めた。 「さっきも言ったっすけど、Roenので、黒地にドクロ柄のロックテイストのやつなんすよ! ちょうどアレみたいな!」 そう言ってFMSくんは僕の背後を指差した。 振り向くと、下へ降りる階段をちょうど降りていくようにふわふわと浮遊する黒いボクサーパンツがあった。 なるほど、こんなのか。一見普通のちょっとオラついたイメージのパンツに見えるけど、きっと高いブランドなんだろうなあ。しかしこれに4000円か。ペケ蔵さんの言う通り、かけ過ぎに思えるな。 「ぱ、ぱ、パンツが浮いてるぞ!?」 一磋さんが叫んだ。 僕はハッとした。そうだ、パンツが浮遊などするはずがない。僕はこんなパンツの値段が4000円もするのだという異常性に捕らわれて、パンツが浮遊するという物理的にありえない現象に気付けなかった。 「あー! オレのパンツじゃん!!」 FMSくんが慌てて階段へ走った。その拍子に階段の傍にいた僕はFMSくんとぶつかってしまい、体勢を崩してしまった。 FMSくんの手から逃れるように浮遊するパンツは身(?)をかわす。 「えっ……?」 逃げられると思っていなかったであろうFMSくんは、体勢の崩れた僕を巻き込んだままその身を階下へと落下させた。 「あああああああ!!」 視界があちこちに回転して、体のいたる所を打ちつけて、一階まで落ちきった僕らは廊下の壁に激突して止まった。 「お、おい、大丈夫か!?」 上から一磋さんが声をかけてくれる。衝撃で体中が痺れて頭もクラクラする。しかしなんとか頭を上げると、浴衣の裾が肌蹴て派手に露出したFMSくんの下半身が目に入った。 「……あ」 「ぅわっ……!」 僕の目線に気付いたFMSくんは痛むであろう体を縮めて慌てて隠した。僕は見なかったことにした。というか今の記憶を一瞬で脳から消去した。 2階を見上げると、一磋さんが女性陣の目を隠すように壁になってくれていた。さすがは一磋さん、優しいな。 「そ、そうだ、パンツ!」 FMSくんが立ち上がろうとする先では、あのパンツが僕らを嘲るかのように上下に揺れていた。ポイントになって大きく描かれたドクロも手伝って、非常に憎たらしいパンツだった。 あれがサテンのパンティだったら性的に挑発されているようで気持ちも昂ぶるが、男物のパンツではただ怒りが増すばかりだった。 その怒りにまかせて、パンツに飛び掛ろうと思ったその時、 「おや、またやらかしてしまったのですね」 暢気な声がパンツの向こう側から聞こえてきた。 それは、まつ香さん、きくちゃんを従えた満月さんだった。 後半に続く
デスクトップ整理してたら・・・ 今晩は。 愚腐弟です。 標題の件ですが、僕のPCのデスクトップがいらない(というかいつからそこにあったのか、何のためにおいていたのかわからない)ファイルで溢れていたので整理していたら、興味深い(僕にとっては)ファイルがあったので、なんとなく公開してみます。 まず一つ目。 wordのファイルです。 その題名は「心に残った言葉」。 一体何のことや・・・と思う間もなくファイルを開いてみると、一番最初に目に入る一行目の言葉が ☆ジッド(山内義男 訳) 「狭き門」 P47 でした。 ああ・・・そういえば友達に勧められて読んだ本の内容で、心に残った言葉をメモしておいたんだっけ・・・ということを思い出す。 最終更新はいつだ?とプロパティを開いてみると、 更新日時: 2013年8月25日、16:03:38 実に二年以上もの間、僕のデスクトップの一角に居座っていたわけですなw いやあ自分が嫌になる。 で、僕の心に残った言葉ってなんだっけ・・・と、僕は視線を動かす。 そこにあった言葉は・・・。 「ぼくはぼくで、けさアリサをしっかり、どんなことがあっても……死なない限り離れないような、強烈な結婚をしようとしている夢を見たんだぜ」 「ではあなたは、死んだら二人は別々になってしまうと思っている?」と、アリサが言った。 「それはね……」 「わたしの考えでは、死ぬっていうのはかえって近づけてくれることだと思うわ……そう、生きているうちに離れていたものを、近づけてくれることだと思うわ」 う~ん、深い!! きっと深いです!! さらに視線を下げるともう一つありました。 P202 ≪野の百合を見よ……≫ この簡単な言葉が、けさ、わたしを、何をもってしてもまぎらすことのできないほど悲しい気持に沈めてしまった。私は野のほうへ出ていった。そして、われ知らず繰り返し続けていたこの言葉は、わたしの心と目を涙でいっぱいにしてしまった。わたしは、農夫が鍬の上にかがみこんで労作している、広い、すがれた野をながめていた…… ≪野の百合……≫されど主よ、その百合はどこにあるのでございましょう? う~ん、今読んでも心が苦しくなります!! でもまあ狭き門を読んだことがない方はサッパリ妖精かもしれませんが・・・。 この二つの文章が「心に残った言葉」の全てです。おい、心に残った言葉少なすぎだろ!! と心の中で突っ込みつつ、さらにデスクトップを整理していると、気になるメモがありました。 その名も「ボツ」。 内容は覚えていませんが、きっと束縛スル里を作っていた時に気に入らなくてボツにした文章が入っているんだろうと見当が付きました。ボツったくせに今後何かのネタに使えるかもしれないというスケベ心を出して残しておいたのでしょう。 一体どんな文章が残っているんだろう? と、若干心を浮つかせながら「ボツ」を開いて、その中身に目を向けた時。 リアルに苦笑いしました。 (ウワア・・・・・・) と、若干引きながら。 毎日毎日遅くまで仕事して、辛くて、全く楽しくなくて、将来の夢も持てずに、こんなんじゃ生きてる意味がないって、そう思って仕事辞めて、仕事を辞めれば自由になれるって、そう思ってた。僕はもっと僕らしく生きることができるって思ってた。だけど、NEETになっても、周りからの目は気になるし、仕事はいつまでたっても決まらないし、お金の心配をするし、将来が不安でしょうがない。結局、仕事をしていたって、NEETになったって、何も変わらない。感じるのは虚しさだけだった。生きてることを感謝することなんてなかった。何も楽しくなんかなかった。それなら、僕の生きるこの世界のどこに居場所がある。命を削って戦っても、堕落した環境で惰眠を貪っても、生きていることに価値なんて感じられないんだったら、僕はどうすればいいんだ。なんで生きているんだろうって、いつまで思い続ければいいんだ。頑張った先になにがあるんだ。 みんながこんな僕を見たら、きっと糾弾するんだろう。情けない奴だって、みんなはちゃんとしているのにって、働かないのはお前だけだって、立ち向かわないのはお前だけだって僕を非難するんだろう。 たしかにそうだ。戦わない奴は死ぬしかないじゃないか。死ぬべき奴が生きているから、こんなにも世間には矛盾が満ちているんだろう。僕みたいな社会不適合者は真っ先に死ななければならないんだろう。頑張れない奴は淘汰されて当然じゃないか。当たり前なことができない奴はいない方が良いに決まってるじゃないか。そうすれば、世界はもっと良くなる。出来ない奴がいなくなれば、世の中にはできる奴しか残らないじゃないか。いらないんだよ、僕なんか。そうやって頑張ることから、生きることから逃げて、本当に情けない奴だってみんな言う。でもさ、どうしてみんなやってるからって、他人の尺度で自分を測られなきゃいけないんだよ。人に何かやらせたいなら、みんなやってるからじゃなくて、どうしてやるべきなのか、それをちゃんと納得できるように言ってくれよ。働かない、働かない奴が辛くないわけないじゃないか。働かなきゃいけないってわかってんだよ。それでも働くことができない人間の気持ちを考えたことあるのかよ。 こうやって書いていると、自分自身だってこいつダメだって思っちゃうのに、あんたたちに僕を救えるのか? 僕自身は、僕を救えると思うのか? 死にたきゃ死ねばいいって、言ってくれる人はいるのか? 何言ってんだこいつwwwwwww こりゃボツにするわwwwww おかげでブログのネタになりました! 当時の僕よ、ありがとう!! てかこの日記公開して大丈夫かな・・・・・・。
雨ニモマケズ、あなたを待つ。 ねえ、あなたはいつ来てくれるの? わたしはいつものように問いかける。 あなたを待ち続けて、どれくらいの時間が流れたろう。 わたしは身体が弱かったから、あなたの帰りをこうして窓際でじっと待ち続けるしかなかった。 窓の外を眺めながら、まだかまだかとあなたを待ち続けて。 あなたの姿が見えた時は、胸が急速に熱を帯びて、心臓が飛び跳ねるようにときめいて。 あなたはわたしを視界に捉えると、笑顔で手を振ってくれて。 わたしは、その瞬間に一番幸せを感じていた。 長い時間話していると、身体に悪いからと言ってあなたはすぐ帰ってしまおうとする。 わたしはあなたが帰ってしまわないよういつも駄々をこねてみたけれど、あなたは優しく微笑んで、「もう帰らなきゃ」と言ってわたしの手を握る。 わたしはうつむきながら、その微笑みはずるいと、いつも思っていた。 同時に、あなたの手から伝わるぬくもりは、なによりも愛しく思えて。 そして、いつも通りに、あなたは「またね」と言って、わたしの部屋から出て行った。 窓の上から、ゆっくりと遠ざかるあなたの背中を見送った。 また明日、いつものようにわたしに会いに来てくれると、当たり前のように思ってた。 けれど、その日からあなたはここに来ることは無くなった。 あなたを待ち続ける日々は、とても辛かった。 それでもわたしは、あなたの「またね」といういつも通りの言葉を信じて、窓の外を眺めて、あなたを待ち続けた。 そのうち、身体を起こして、窓から外を眺めるのが難しいくらい身体が、心が痛んでいって・・・・・・。 両親とお医者さんがわたしを見つめる中、わたしはまぶたを閉じた。 あなたに恋い焦がれながら。 気が付いたら、わたしは一人でここにいた。 お母さんも、お父さんもいなくなっていた。 だけど、寂しくなんかない。 いつの間にか、わたしを身体を蝕んでいた悪いものがいなくなっていたから。 そのおかげで、あなたをずっと待ち続けられる。 雨の日も、風の日も、雪の日だって、あなたを待ち続けることが出来る。 あなたが、わたしに笑顔で手を振ってくれる瞬間を待ちわびて。 今日もわたしは、いつものように問いかける。 ねえ、あなたはいつ来てくれるの? ずっと、待ってるから……。